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宝探し

宝探しゲーム☆
ドキドキわくわくしながら、宝物を探し当てる!
小さい頃、誰もが一度は経験した事があるのでは?
宝物が、かわいいおもちゃだったり、小さなお菓子だったり...
あの頃、宝物はなんでも、良かったのかな...?

探している時の興奮が、そして、見つけた時の喜びが
何より、楽しい出来事だったのかもしれません(^^)

大人になって...

宝探しゲームをする機会はあまり...無いとは思いますが^^;

心の中で
自分自身の追い求める宝物を、探し続けている人は
多いのではないでしょうか?
それが、仕事の成功であったり、素敵な恋人であったり、
または幸せな家庭であったり...etc.

これこそは、と思える大切な宝物を、一生懸命一生懸命...

何を宝とされますか?

こんな疑問を投げかけられたとき
なんと、答えますか?

私の宝は
...

きっと
人それぞれ、違うのでしょうね。
それが、一般的な見解だと思います。
でも、それがもし、
世界中の人々が、全く同じものを自身の宝としたならば...

宝は自分の外にあるものでは、ありません。
はっきりとそう断言した人がいます。

自分自身の中に、絶対不滅の至福に至る
永遠の宝があるとしたら...
そして、
それが、目に見えないものだとしても...
それを、感じる事が出来る、その「時」が来たとしたら...

誰しもが、何をおいても、それを追い求めることでしょう。

そして、必ずやそれを得る事が出来るとしたら、
得る為の努力を惜しむはずもありません。
それくらい
得た人に幸福を与える、価値のあるもの...

それは
すでに、一人一人の心の奥底から、微かな光を放ち
見つけてくれる日を
今か今かと、待ち望んでいるのです!!

もし...したら...
そんな「仮りに...」の話ばかりでは、ピンとは来ないかもしれませんね。
でも、実際にこの世にいながらにして、
極楽にいるかのような至福を味わっている人が存在しています。
そして、
自身も、追い求めたいと思っています。

全ての人が、本当の幸福を得て欲しい☆
世の中の人全てが、他を思いやる心を培って、
互いに幸福を祈り合い、自利利他の実践をしたならば...
争い事も無く、悩み事も無く、苦しむ事も無く、
日々、心穏やかに過ごす事が出来たなら...
なんて、素晴らしい世の中だろうかと...

現実の世界とはほど遠く、ただの夢物語のように聞こえる
ただの偽善、もしくは空論
そう、思われるかもしれませんが...
思考することが、自分自身のものとして自由なら
こんなことを考えて、現実になれば良いなと祈り続けて生きるのが、
自身の幸せと信じているのです...

どうか、一人でも多くの人が
自分の内側にある宝物を見つける事が
できますように...☆

今日のワンポイントヨガ
☆環境を変えるには☆

どうしても、苦手な人がいる...
あの人さえいなければ...私は幸福なのに!
人は、自分の環境に、苦手な人、自分を攻撃してくる人、
自分を嫌悪してくる対象がいた場合、その原因を全て
他においてしまいがちです。
そして、その嫌悪に対して嫌悪で応酬してしまったり、
または、いつか、反撃してやる!怒りをぶちまけてやる!と
準備していたりします。
しかし、
ヨーガの見地から原因を探るならば、
一切の苦しみの原因は自己の内側、
カルマから生起するのだという教えが説かれています。
つまり、私達が過去になした、他に対する言動が返って来ていると
考えるべきなのです。
一般的な対抗策として、直接他の欠点を指摘する、
訴えて、対象を変えようと試みますが、
ほとんどの場合は、対象は聞く耳を持たず、
更に、関係は悪化してしまう事が多いはずです。
それは、本人が原因を全て、対象において、
嫌悪を背景として、他を非難し、様々なかたちで仕返しをしたとしても
カルマが変わっていない故、また、嫌悪が背景にある場合は
それが、正当な意見であったとしても、
決して対象は、納得してくれないものです。
また、抵抗出来ない場合は、
ひたすら、心の中で嫌悪する、
嫌だな、嫌だな...会社に行きたくないな...
あの人がいるから行きたく無い...
帰宅しても会社でも、嫌悪の心をくり返し、考える。
その心のカルマによって、
対象はますます、嫌悪を察知し、自己に対して嫌悪の念を向けてくるのです。
では、一体私達は、どうしたら良いのでしょうか?
まず、
他を変えようと考えてはいけません。
自分が変わる事によってのみ、他は変わることを知るのです。
全てはカルマ、自分の心の働きから発生しているのですから、
まず、対象の行為、自分を嫌悪することを
許してあげる 認める
「これは、自分のカルマなんだ」
そして、難しいことですが、
対象の幸福を願う 
嫌悪の反対の心は 愛 ですから、
嫌悪され続けても、愛の心で接する。
そうすれば、必ずいつか対象の嫌悪は改善されるはずです。
そればかりか、
嫌悪されても、愛の心を投げかける事によって、
今後、自分はどの環境で、どのような人が現れても
また、嫌悪の念を持たれたとしても
愛の心は常に投げかけられるわけですから
環境によって苦しみを感じる事は、つまり、今後一切なくなる
素晴らしい魂に成長できるのです。
これは、本当に素晴らしい事ではありませんか?
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by atelier-kuh | 2010-03-26 10:51
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