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先生

先生と呼ばれる立場の人。
世の中には、多くの職業でこの「先生」と、呼ばれる立場の方が
いらっしゃいますね。
一般的には、お医者さん、政治家、弁護士、学校や、カルチャースクールの教師...etc.

呼ぶ方は、何気なく呼んでいる先生という敬称。
呼ばれる方は、果たしてどのような気持ちで、その言葉を捉えているのでしょうか?

先生...☆学徳の優れた人。自分が師事する人。または、その人に対する敬称。(広辞苑より)

私の周りにも、この「先生」と呼ばれる職業に、就いていらっしゃる方が
大勢います。
皆さん、とても立派にお仕事をされている方達ばかりです。
素晴らしいことです(^^)

私が最も、心の中で尊敬を抱いている先生は
実は、ヨーガの先生です。
この先生は、ご自分のことを「先生とは呼ばないでくださいね^^」と、
出会ったその時から、一貫して他の生徒さんにもお願いされています。
ですので、私も、直接お会いした際や、教室では一切、先生という敬称を付けては
お呼びしたことがありません。
(つい、先生...って言いそうになってしまうのですが^^;)
理由に関しては、皆さんに親しみを持って友人のように接していただきたいから、
ということと、「先生」と、呼ばれることで自分の潜在意識において、
自己のプライドを満足させる気持ちが生じることを嫌うため、と教えてくださいました。
確かに...

「先生」という、言葉にはどこかしら
その人の、プライドをくすぐるニュアンスを含んだ、微妙な香りが漂います。
先生と呼ばれたその瞬間、なんとなく自分が偉い人になったような...
一般人よりちょっとばかり、高いところにいる賢者にでもなったかのような...
そんな、錯覚に陥ってしまいそうな、エゴをくすぐる甘美な香りが、この言葉には
隠されているような気がします。

実際に
努力して努力して、自分の長年の念願かなって、ある「先生」と呼ばれる職業に見事、
就くことが出来た、素晴らしい向上心ある方を知っていました。
彼は、自分の中の様々な誘惑に打ち勝って、その職を手にしました。
そして、周囲の人たちは、彼の努力を惜しみなく称賛し、
彼も支えてくれた多くの方に、心から感謝していました。
前途も輝く、素晴らしいスタートラインに立つことが出来た彼は、彼自身も、
そして、周りをも幸福の渦に巻き込んで、笑顔溢れる至福の時に酔いしれている...☆
そんな美しい光景だったことを、今でもよく覚えています。

努力は実るんだ!
頑張れば出来るんだ!

多くの人に、勇気と希望を振りまいて、感動を与えた彼の行為は、
その後も順調に仕事へと反映され、何もかもうまく行っているかのように見えていました。
ところが、
あるとき、彼と最も親しかった人が、いつもの通り、彼と何気ない会話を楽しんでいた時のこと。
彼は、その人に言いました。
「お前くらいだ、今の俺の周りで、俺のことをそんな風に言う奴は...」
「今や俺は、みんなに先生、先生と呼ばれ尊敬されているんだぞ。」
彼は、引きつった笑いを帯びた表情で、そのように話していました。

一瞬の出来事でしたが、その場の空気は、
緊張と困惑で一時、凍り付いたように冷たくなったのを、覚えています。

もちろん、先生と呼ばれる全ての人が、そうであるとは思いませんし、
立派な先生が世の中には、本当にたくさんいらっしゃると思います。
心から、敬愛に値する素晴らしい先生がいるに違いないとも、思っています。

これは、私が出会った、ほんの一例に過ぎないのかもしれません。
ですが、
自分を謙虚に表す人、腰が低く、常に頭をたれている人...
本当に心の中で他に対する感謝の念を忘れずに、生きている人は
勝手に、高いところに据えられ、多くの人の尊敬を集める結果となるのだと思います。
あえて、尊敬しろと心で思う必要も、言葉や態度で表す必要もないのは、当然のことです。

真の教師というのは、生徒や周りからも学ぼうという気持ちをもっているもの

ある人に聞いた言葉です。
自分が何かを与えるというより、他からつねに学び、
自己を更に高めようという向上心を忘れない
それが、先生という立場に立つものに必要な心がけである、と ...。

私は、これが、先生と呼ばれる人たち以外でも
当然、当てはまることなのでは無いかな?と感じています。
例えば、
親は子から学ぶことも、たくさんあります。
お店で働く人は、売る立場でもありながら、買う立場にもなります。
ですから、お客さんから学ぶこともたくさんありますし、逆にお客さんはパートに出れば
働く人にもなりますから、売る立場にも当然なり得ます。
やはり、表裏は一体なのです。

私のヨーガの先生に関しては、たくさんの学ぶべき点があり、
一度では、とても書ききれないことばかりです。
また、追って少しずつ、書いていきたいと思います。
(ちなみ、毎日載せております、ワンポイントヨガは先生から送っていただくメルマガを、紹介させていただいているものです☆)

今日のワンポイントヨガ
☆なぜ、貧しくなるのか?!なぜ、貧しい国に生まれるのか?!☆

現代は、飽食の時代と言われています。
食べきれないほどの食が溢れている、日本のような国もあれば、
アフリカや、後進国のように、今日も食べることが出来ないで、
飢えや栄養不良で苦しむ人が8億5千万人、そのうち実際に餓死する人が、
毎日2万5千人と、いるのです。
本当に哀しく、驚くべきことですね。
日本にいる私達には想像ができません!?
では、ヨーガではこのように飢えに苦しむのはいかなるカルマと
捉えているのか、検討してみましょう。
私達は、貪り(むさぼり)あるいは、貪欲の心によって、
他に一切の施しの心を持たない、全ては自分のもの、他に何か与えるなんて嫌だ!
他に与えるくらいなら、捨てる方がましだ!
このような、貪欲な心を培うならば、私達のへその部分のチャクラ(マニプーラチャクラ)
が汚れ、今度は貪欲の反対、飢えと乾きに苦しむことを味わうという結果となって
あらわれるのです。
このように、貪欲な心で生涯を終えると、
ヨーガや仏教では、
飢えと乾きの苦しみから逃れられない餓鬼(サンスクリット語でプレータ、もしくはプレイタ)
に、生まれ変わるとされています。
なんとか、人間に生まれ変わることが出来たとしても、
貪欲なカルマが優位であれば、貧しい国、貧しい地域に生まれ変わってしまうのです。
モノを独占しない、独り占めしない、
他に施しをする、他の利益を優先する
これらのことを実践するなら、
この貪欲な世界と関わりを持つことがないのです。
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by atelier-kuh | 2010-04-10 12:57
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