atelier 空 kuh

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自分という枠組み

自分のことが一番わかりにくい...(TT)
そう思っている方、どのくらいいらっしゃるでしょう?
いや!自分のことは自分が一番よくわかる。
↑こっちの意見の方が多いでしょうか?

何十年と言う歳月の中で、いつも自分と向き合い、
自分自身を見つめていたとしても、
本当に自分というものを、本質的に理解している方というのは、
実際、少ないのでは?と、思います。
なぜなら人は、他人のことはよく見えていても、
自分のことは客観的に観察する機会が少ないからです。
自分のことは、わかっているようで、なかなかわかっていない。
そんな気がします☆

ある程度の年齢に達すると、
それまでに培ってきた思考パターンや、行動パターンが染み付いていて
おおよそ、こういうことがあると、こうなるだろうな...という、
予測はつけられます。
ですが、いつでも必ず、予測通りにいくものでしょうか?!
何かの方程式のように...(@@)!?
いえいえ(^^)
経験するのは、人間ですもの☆
生きている、生身の人が、常に変化を伴う環境の中での、結果です!
これが毎回毎回、同じことの繰り返しってことがあるでしょうか?

それは、思い込みではないですか?

例えば、
自分自身で、勝手に作り上げた「自分」という枠組みの中で、
自分がsetした、錯覚に過ぎなくはないですか?!

ふと、
そんなことを考える瞬間がありました。
と、いうのも...
思考パターンのドツボ(!?)に、はまって苦しんでいるのに
そのことに気がつかないで、自由になりたい!自由になりたい!と、もがいている...
そんな人を目の当たりにしたからです。
どうしたらいいの?!と、涙ながらに訴えているのにその理由を伝えたところで、
ご自身が自分の思考パターンを手放さない限り、本当に自由にはなれない
...という、ジレンマ(><)

なんという、悪循環のリング。

自分という枠組みは、自分で一生懸命つくった
自己を守る為の、大切なガードの役割を果たしているのかもしれません。
ですが、
それが、苦しくなったとき、窮屈を感じたとき、
そっと手放してみる気持ち...

気がついてくれると良いのにな...

がんじがらめの太い鎖に絡まりながら、心は悲痛な叫びをあげている

どうか、自分に自由を与えてあげられるのは、自分でしかないということに
気がついてくれますように...

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガと仏教☆

最古のヨーガ経典を翻訳した、故 佐保田鶴治氏(京都大学博士号 大阪大学名誉教授)
は、お釈迦様を最高のヨーガ行者と称えました。
また、お釈迦様の前世談でも、私は前世において、
ヒマラヤで梵行を(ぼんぎょう)なしたと、伝えられています。
梵行とは、
ヨーガで言う、禁欲の修行です。
また、原始仏典では、お釈迦様の弟子達が、ヨーガの神の祝福によって
解脱した等と記述がなされ、実は、ヨーガと仏教は同じものである、
ということに智慧ある魂は気がつき、理解するのです。
ヨーガの目的も解脱、仏教の目的も同じ解脱であることからも
それは、理解することが出来ます。
お釈迦様も、解脱するまでは、現代のインドのサドゥ–(裸で苦行するヨガ行者)でしたが、
解脱し、多くの人を済度するために
たくさんのサドゥーや、未知を求める人がお釈迦様を中心に集まり、
僧団を形成しました。
もちろん、チベット密教も、ヨーガと瞑想をミックスさせたもので、
大きい意味においては、
ヨーガ、仏教、密教を合わせてヨーガと解釈することも出来るのです。
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by atelier-kuh | 2010-04-11 18:10
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