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夫婦の関係

知人がGWにご結婚されます☆
おめでとうございます!!
新しい人生のスタートライン♪晴れがましい人生の角出♪
などなど、結婚にはとても良いイメージと、おめでたいムードがつきものです(^^)
結婚式は綺麗に着飾った人たちが、皆、
にこやかに集い、その場は温かくしあわせな空間となりますよね!

幸せの絶頂なんて表現もあります☆
絶頂?!...ってことは、その後はどうなっちゃうの???
ま、そんなことはさておき(^^;)

...世の多くのカップル達は、お互いに愛情を確かめ合って
結婚という節目を迎えます☆

結婚を「ゴールイン」と、表現するのを聞いたことがありますよね?
はてさて、ゴールイン?なのでしょうか?
恋愛をしていた時点を規準に考えれば、ゴールイン!は、おかしくは無いですが、
お二人の関係は、結婚という儀式を境に、様々変化をするのが一般的。(しない人もいますね)

あかの他人同士が、
「はい!今日から家族です!」
って、ことになるのですから、なかなか面白いものです☆

恋人から夫婦になるのですから、社会的立場も変わってきます。
女性はほとんどが、名前までも変わってしまうのですから、大変ですよね!
...すごくエネルギーを使いそう(^^;)
ですけど、そんなこと意に介さないくらい、幸せの絶頂期というのは
何を為してもきっと、楽しいものなのでしょう!!
(私もかつて、そういう経験をしたのかな?もう忘れてしまいました 笑)

勢いとか、流れとか
若い頃というのは、そういう周りからでは到底、理解出来かねるような
個における、弾けんばかりのエネルギーに溢れているように思います。
あとは、
タイミング?!というのでしょうか?
磁石が引っ張り合うような、抗いようのない?!強力な引力のような...?!

なにはともあれ、くっついたお二人は
長い年月をかけて、無二の「オリジナル夫婦関係」を、築いて行かれるのが理想ですが
長年連れ添って、毎日毎日同じ顔を眺めていると...
やっぱり
お互いの長所ばかりでは無く、厄介な「欠点」というものとも
うまくつきあっていかなければならなくなるのが、常。

どっちが出るでも無く、どっちが引っ込むでも無く...
時と場合によって、器用に役割を分担しながら、互いに協力し合うというのは、
個人として、ある程度それぞれが、
確立した人格を持っていなければ、難しい部分もあると思います(^^;)
(自己の経験を大いに踏まえて感じます 笑)

それは、経験をつみ重ねながら、互いに成長し合うことが前提でなければ
常時、良好な夫婦関係というのは不可能?!と言っても、言い過ぎでは無いと思います。

まだ、お互いが若くて、愛情も深く、何をやっても許し合える結婚の初期段階は
別として...^^;
10年、20年、30年...と連れ添って生活をともにするとき
一体、何をもって夫婦の関係と考えるのでしょうか?

互いが互いを尊重し合える、そしてお互いに尊敬し合える
情を超えた、人間愛とも言えるような
広い心

そういうものを持ち合えるような、夫婦関係こそが
私の中では、理想と考えます。

それは、もしかしたら...
夫婦という枠組みにとらわれない、男女関係でも
良い☆
という、ことなのかもしれないですね?!

今日のワンポイントヨガ
☆プライドと卑屈☆

私達は、
「プライドを持て!」
「プライドはないのか?!」などの言葉を聞いて
成長してきました。
人間の世界では、プライドを持つことが大切な人生観になっている傾向がありますが、
ヨーガの世界ではこの、プライドをどのように解釈しているのでしょうか?!

プライドを持つことによって、プライドを満足出来ない時、人は
苦しみを感じ、卑屈になります。
例えば、プロの野球選手がいたとしましょう。
結果を出してる時は、外出もとても楽しいと言います。
どこへ行っても、尊敬の目と歓声が聞こえます。
逆にスランプのときなどは、
スタンドのファンからも罵声を浴びせられ
外出時もファンから嫌がらせをされたりなどもするそうです。
これを理解するならば、私達のプライドが増大すればするほど、
その裏の卑屈も増大することになるのです。
このような観点から、ヨーガでは、
プライドは自己を苦しめるもの「煩悩」の一つとして
捉えているのです。
では、どうしたらプライドを超え、卑屈を乗り越えられるのでしょうか?
それはもし、
自分が優位になったり、才能を発揮しても
この力は周りの人たちから与えられたものである、
周りの人たちの支えによって、自分があると心底考えることが出来るなら、
そこで自ずと、プライドでは無く、謙虚になることが出来るのです。
そのような心があれば、スランプになっても
卑屈にならず、もくもくとやるべきことに努力出来るのです。
逆に、私達が、自己の能力を過信し、プライドを増大させるなら、
必ず、卑屈の苦しみから逃れることは出来ません。
智慧ある魂は、全ての良き果報は周りから与えられたものと
考えるが故に、プライドからも卑屈さからも
離れているのです。
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by atelier-kuh | 2010-04-12 09:32
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