atelier 空 kuh

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春の嵐

今朝は雪です!
寒いな〜...と、思っていたら、凄まじい風とともに、
雪が降ってきました!(雪まじりの雨?!)
あれあれ(^^;)
カレンダーはもうすぐ5月を迎えるというのに!!

庭の木々達は、冬囲いを取り外したばかりなものだから、とても寒そう...

お天気は、明日も崩れる予報のよう。
明日から、連休突入の方もたくさんいるはず...。
お天気によって、行楽地の人出も随分と、影響が出そうだし。

なんとなく、不穏な日本経済と(^^;)
いつまで続くか知れない、不景気な世の中の動きとも、
微妙にマッチしてしまっているかのような(^^;)
この春の嵐...

各地で驚くような大規模地震が、相次ぎ...
人災か?天災か?と騒がれるような、出来事もちらほら...

でも、
恵まれた国、日本の一般家庭で、
日々、平凡に暮らす私達は
それは、まるでどこかよその国の出来事のよう...
異空間で起きている、自分とはかけ離れた、遠い遠い宇宙の果てでの出来事のよう...
TVから流れてくる情報には、遠い隔たりを感じてしまいます。

めまぐるしく変化する外の出来事とは
無関係に
ただ、毎日同じことを繰り返し
ただ、刻々と時間が流れているように感じ、
それがいつまでも、いつまでも、永遠に続くかのように
錯覚してしまっている

世の中は
こんなにも、めまぐるしく
まるで、大きな大きな流れに引きづられていくかのように
どんどんどんどん
変化して行っているのに...

そんな流れとは裏腹に
恵まれた至る処では、
TVは、昼夜問わず様々な情報をたれ流し、
スイッチを入れれば、一瞬で電気が点く
蛇口をひねれば、途切れること無く綺麗な水は流れ、
多くの人が、寝るところに困ることは無い。
お洒落をして出かけ、食べたい物を食べる。
したいことをし、欲しい物を貪る。
綺麗に見せることを良しとして、そうでは無いものを当然のように、嫌悪する。
...
一体
何を、目的として生きて
何を得れば、満足するのか...?

当たり前という感覚が、
価値観をどんどんどんどん
鈍らせていく

分厚い灰色の雲の上には
眩しく輝く、明るい
太陽が照っている

この太陽が無ければ
私達は生きていくことは出来ない

極端な話...
太陽が照ってくれさえいれば
限りない恵みを与えてくれるのだから...
有り難いはずなのに

太陽を拝むことも
感謝することも
多くの人は
そんな時間も忘れ、ただ懸命に働き
義務に追われ...
疲れた体を抱えて生きている

あ〜早く
この嵐のような時が過ぎ
誰もが太陽の光にむかって
心から感謝し
畏敬の念を抱き
自らが太陽にようになって
明るく、温かな心で...
一人一人が幸福で、春の日差しのような存在となれますことを...☆

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガとカルナー☆

「ヨーガ.スートラ」において、
マイトリー慈愛とともに、とっても神聖な心の働きが紹介されています。
それは、カルナーと呼ばれるもので、
他の魂の苦しみや、不幸を共に、悲しんであげる、取り除いてあげたいと願う心
これを、カルナーと呼びます。
他の魂の悪業に対して、深い悲しみ、哀れみと念を抱くことなのです。
もし、私達が、
自分の家族や身近な人だけでなく、
多くの魂、あるいは全ての生き物に対して、
このカルナーの心を持ち合わせるならば、
真に偉大な神として生まれ変わると言われています。
なぜなら、
マイトリー(慈愛)とカルナー(哀れみ)は、
それを有するものは、最高の光を放つと言われるからです。
ここで、気をつけたいことは、
対象に対して、プライドから哀れみの心を発してはいけないということです。
つまり、
自分の境遇は素晴らしいと、でも対象は悪業によって苦しんでいる、哀れだな...と
このようなものは、神聖でもなんでもないのです。
真のカルナーとは、
対象の苦しみや不幸を、自分のこととして受け止め、
それを共に悲しみ、取り除いてあげたい、その苦しみを引き受けてあげたいと
願うことなのです。
つまり、
自分と他人の区別無く、
他人の中に自分をみつめていることが、大切なことなのです。
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by atelier-kuh | 2010-04-28 09:50
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atelier空kuhオーナーの気ままな独り言日記


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