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枯渇しないもの

枯渇...かわいて水分がなくなること。尽き果ててなくなること。(広辞苑より)

最後の一滴...がポトリ

灼熱の砂漠のまっただ中で、
残りの水を飲み干す...

あ〜
もう無い!!!

無いと解ると、欲しくて欲しくてたまらなくなる...!!
(大変だ!!)(><)

灼熱の砂漠に旅に出る...ってことは滅多にないので
少々、非現実的?!(笑)

枯渇
という、言葉から
しばし、私の頭の中で様々なイメージが飛び交い(^^)
エネルギー問題も、地球環境問題の中の一つとして
クローズアップされているしな...なんて。

ガソリン、最近とっても高いですよね...^^;

天然のエネルギー資源は
いずれ
枯渇します

そう言われ続けて来ていますが、
その資源に頼って生活しているスタイルは、大きく変わってはいない気がします。
未だ
石油という、資源を持つ国は強大な資金や権力を有していますよね(@@)


これも、人間が飲み水として利用出来るものは
極々、限られた量と言われていますし...
酸素
これだって、植物達が二酸化炭素を分解してくれなければ
もしかしたら、足りなくなってしまうかも...森林伐採が進んでいるのも現実です。

以前、
ある人が
「富は、いくらでも湧き出ている!」
「それにホースを繋いで、どんどん自己を満足させるように使えば良いのだ!」
「富は枯渇しません!!」
と、いったような話をしているのを聞いたことがあります。

へ〜@@
そうなんだ...凄い仕組みだな☆
で、そのホースとは?どこに??
その富とは?どこから??

この私の疑問について
彼女は、なんとな〜く、答えらしいことを話していましたが
いまいち、私には納得がいきませんでした。(あえてこちらでは書きませんが)


それは、
自分を満足させてくれるのでしょうか?
本当に自己を満足させる「富」が、ホンモノの富でしょうか?
そして、それが枯渇しないとは...本当でしょうか?
その方の語る「富」とは
お金、地位、名誉、あらゆる欲望をみたすこと...
それが富である
このようなことをおっしゃっていたような気がします。

私は
それらが、本当に自分を満足させてくれるとは
どうしても、思えないのです...
そして、それが富だということも...
(...笑 ^^;ひねくれてます??)

ある昔話で
一国の国王が、自分の国の人々の為に
自分の持ち物を、国民達に分け与える布施堂というものを城の横に建てた
という話を聞いたことがあります。
貧しい人達は、そこから自分たちに必要なものを持っていって、暮らしていたと...。
いよいよ、布施するものが無くなったとき、
国王は、自分の肉体までをも布施しようとしたと。
この話は、もうちょっと先もあるのですが...
この国王は、全ての国民から慕われ、敬愛の的であったと。
要するに
恵まれた境遇のものは、貧しいものに分け与える実践をすることによって
本当の富を有する。

富とは心の豊かさである

という、お話。

人は
どんなに欲望を満たしても、決して満足することはないと言われます。
なぜなら、
欲望は、欲望を生み
また、大きくなった欲望は更に、大きな欲望を生み...
雪だるまのように大きくなった欲望は、果てること無く...尽きること無く...
ですが、
人がこの世を去るとき、全ての欲望は捨てて、旅立たなくてはなりません。
持っていけるのは
魂の経験だけ...

↑こんな話、どこかで耳にしたことはありませんか?

本当に枯渇しないものは
人のもつ
温かい思いやりの心

どんなに他を思いやっても
それが、もし満たされなかったとしても...
情愛を超えた、利他の心は
それが枯渇することは決してない
と、そう思うのです。

枯渇しないもの=本当の豊かさ=人の心の温かさ、情愛を超えた愛の深さ

こんな方程式が
世の中にたくさん、存在したら
素敵でしょうね...☆


今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガの真の自由☆

最古のヨーガ経典を訳し、NHKを通じて広くヨーガを世間に知らしめた
故 佐保田 鶴治氏は、著書「ヨーガ入門」の中で
次のような発言をされています。
インドにおけるヨーガは、
究極の目的を、解脱においています。
インド的世界観によれば、
私達の生存は、時間と空間の制約下にあります。
時空の法則性の中でしか、私達は生きることはできません。
現実の生存の中には、真の自由のかけらもありません。
と、このような見解を述べています。
私達の生存は、
縦軸、横軸、そして高さの三次元、そしてそれに時間を合わせた
四次元空間に存在しています。
これは、時間を次元に含めないという説もありますので
三次元プラス時間と考えても結構です。
そして、時間という制約がある限り、
死というものを避けることはできません。
ヨーガでは、
私達の本質は、
真我と言う、時間さえ超えた、永遠の生命を持つ
と、言われているのです。
もちろん、
人間には寿命がありますが、
もっと質の高い魂が存在する領域があると、
ヨーガでは考えられているのです。
私達が存在するこの、物質宇宙より、さらに微細な物質で出来た領域...
非物質宇宙があるのだという考えです。

インドへ行きますと
有形の神
無形の神
どちらを信仰しますか?という話題が民間レベルで生じます。
それは、ヨーガ経典に
微細物質で出来た世界に住むものを、有形の神
非物質宇宙に生存する魂を、無形の神と
定義しているからに他なりません。

荒唐無稽のように聞こえるかもしれませんが、
真にヨーガに熟達しますと
この微細宇宙、非物質宇宙の世界を
実際に経験することが出来るのです。
そして、
私達の本質である真我は
それさえも超越して
永遠不滅であるということが、
ヨーガでいう、最高の真理なのです。
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by atelier-kuh | 2010-05-26 11:57
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