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凛として

背筋を伸ばして深呼吸をすると
自分の肺、腹部等を通して...
酸素が体中を巡っていくのを感じます。

凛として...

華美なもの
優雅なもの
は、人の目を惹きます

インパクトのあるもの
派手なもの
刺激の強いものをみて
気づかぬうちに
興奮の状態にあることを
どれほどの人が気がついているでしょうか?

決して派手ではなく
凛とした姿

質素に
けれど、
餓えた乞食のように懇願するのではなく
そして、
すがりつくのでもなく
当然の権利として。

凛として...

清潔感をもって
律儀であって
決して不義理を行わず

常に分別をもって
誇りをもって。

凛として...

※しばらく、こちらのブログはお休み致します

つたない文章におつきあいくださいまして
ありがとうございます!
また
時期が来ましたら再開の予定です☆

欲望という幻惑から目を醒し、
一人でも多くの方が、自己本来の目的を見つけ出すことが出来ますよう...

今日のワンポイントヨガ
☆愛ある人は輝く☆

あの人は、なんか暗いね。
あの人は、なんか輝いているね!
これらの言葉を私達は、発したり、聞いたりしたことがありますね。
実際に、光を目にすることが出来なくても、
私達は他人から、それらの印象を察知出来るのです。
また、肉眼でとらえられる光(可視光線)より、
肉眼で検知出来ない光の方が多いことは、現代物理において
常識の見解です。
私達は、
他人の心の光、功徳の光を潜在的に理解出来るのです。
では、ヨーガの世界では、
何がその人を暗くして
何がその人を輝かせるのか、
理論がはっきりと説かれています。
他に与えた喜びのエネルギー、つまり功徳がその人を輝かせると。
そして、心の功徳、他の幸福を願ったり、他の不幸を悲しんだりする人の光は
膨大であると、説くのです。
逆に、怒り、嫌悪、他を害する心は、
心の不徳さゆえ、どんどん光を失っていくのです。
ヨーガに熟達しましたら、
その光に対しても、普通の人よりもとても敏感に察知できるようになります。
功徳を有する人を見れば、すぐに理解することが出来ますし、
逆に不徳で光なき人もすぐに理解出来るのです。
また、
自分の心に嫌悪や怒りが生じた時に、
光を失うことも、経験として理解できます。
また、他人が嫌悪を発した時に
みるみる光が無くなっていくのもわかります。
そして、光が無くなれば、
その人は輝きを失い、容姿も衰えていくのです。
怒りや嫌悪を発する人も、それなりに理由や言い分があります。
しかし、どのような理由であっても、
怒りや嫌悪、憎しみは、その人の光や輝きを、
そして、美しさまでをも、奪い去ってしまうのです。
よって、ヨーガの世界では、
他に対する怒り、嫌悪を最も低級な心として
強く戒めているのです。
そして、その逆の、多くの人達への愛の心、哀れみの心は、
その人を神々しく輝かせるとして
奨励するのです。
そして、これは
迷信でも、思い込みでもなんでもなく、
真実なのです。

怒りや嫌悪がある時、
他に愛の心を生じさせている時、
どちらのときにも、実際に、鏡を覗いてみれば
すぐに理解できるはずです。
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by atelier-kuh | 2010-05-28 10:38

展示会☆

そろそろ、エンジンがかかり始めました〜☆
...って、ちょっと遅いくらいなんですが(^^;)>

本格的に展示会の準備を始めなくては...!

今回は
期間としては短いのですが
いつも、ギリギリになっての最終調整がドタバタで...(^^;)

こちらには
お仕事上の実際的な話というよりは
私自身が感じたこと
思ったこと
その他
もろもろ...

どちらかというと
インセルフ的なことを書いているので
非現実的妄想(?)^^;
のように、感じられる内容も多いかもしれないのですが(笑)
ちゃんと
仕事もしています。^^

あえて
このブログでは宣伝などを行うつもりはないのですが、
展示会をします!
ということだけ、載せておくことにします☆

作品の展示は、年中行っているのですが
イベントとして
大々的に行うのは
年に数回ほど...
会場も狭いですしね(^^;)

ですが
この展示会において
見知らぬ多くの方々と、お会い出来る機会というのは
大変貴重で
私にとっては、本当に楽しく有り難い時間☆
人生においての宝物となるような
素晴らしい出会いに満ちた
神様からのプレゼント☆
と、
思っているのです(^^)

ですので...
とても
楽しみ☆

展示会の後
どのような出会いがあり
何を感じたか...
そこからまた、何が見えてくるのか?
といった、私なりの視点での
ブログ記事が書けると良いな☆と
思っています(^^)

小さな子供達とも
たくさん出会えると言いな〜♪

芸術というのは
決して、敷居の高いものではないんです。
誰でも
どんな人でも
自由に楽しめる
自由に感じられる
そんなものであったらいいな〜というのが
理想です。

あ!素敵!
これ、かわいい!!
なんて、綺麗なんでしょう!!

そんな風に
心が動かされる...

素直な気持ちで
感動する

それが
その人にとって
何かしらの
生きていると感じるものに繋がる...

何を見て
何を感じるかも
その人の


素敵なご縁と繋がることが出来るように
心から
期待と祈りを込めて...

今日のワンポイントヨガ
☆なぜ、その人を嫌いますか?☆

嫌いな人が多い人生は、苦しいものです。
しかし、私達は何故、人を嫌うのでしょうか?
そして
その本当の理由とはなんなのでしょうか?
人は、自分に利益を与える人、好意を示す人を
好きになります。
逆に、嫌いな人とは、自分に敵対する人、
害をなす人、と考えるのが一般的でしょう。
そして、
私達は、自分を攻撃する人、敵対する人は
嫌悪して良いんだ。毛嫌いして良いんだ。否定して良いんだ。
このように、考えます。
でも、
少し、冷静に考えてみてください。
その嫌いな人は、
自分にとっては嫌いな人ですが、他の人にとっても嫌いな人かどうか
これは、別問題です。
つまり、
その嫌いな人の家族や、友人、また知人にとっては
大切な人、愛すべき人であるわけです。
しかし、
自分の視点からだけ見れば、
その人は、嫌いな人、悪い人なのです。
でも、それは
自分のエゴがそう決定しているだけで、
自分との関係でそうであるだけで、
その人が、否定されるべきでもないし、嫌悪されていいのだというわけでも
ありません。
もし、
自分を中心に世界を考えるならば、
嫌いな人を否定することが、出来るでしょう。
しかし、それは、真実ではありません。
世界は、自分のためだけにあるのではなく、
みんなの世界だからです。
もし、私達が、幸福な人生を歩みたいなら、
この嫌悪という強敵を許してはいけません。
気に入らないものは、全て否定する。
嫌悪できる。
このような思考に立つならば、私達の心はどんどん
おかしくなってしまうのです。
敵味方、関係なく、
全ての人の幸福を願う。
全ての人の存在を認める。
難しいことかもしれませんが、もし、それを実践出来るなら、
最高の心の豊かさを得られ、そして、
最高の幸福となることが
出来るのです。
なぜなら、
嫌悪の心が最も、自己を苦しめ、
愛こそが、自他ともに最も
本当に最高の幸福に至ることが出来る
源だからです。
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by atelier-kuh | 2010-05-27 11:47

枯渇しないもの

枯渇...かわいて水分がなくなること。尽き果ててなくなること。(広辞苑より)

最後の一滴...がポトリ

灼熱の砂漠のまっただ中で、
残りの水を飲み干す...

あ〜
もう無い!!!

無いと解ると、欲しくて欲しくてたまらなくなる...!!
(大変だ!!)(><)

灼熱の砂漠に旅に出る...ってことは滅多にないので
少々、非現実的?!(笑)

枯渇
という、言葉から
しばし、私の頭の中で様々なイメージが飛び交い(^^)
エネルギー問題も、地球環境問題の中の一つとして
クローズアップされているしな...なんて。

ガソリン、最近とっても高いですよね...^^;

天然のエネルギー資源は
いずれ
枯渇します

そう言われ続けて来ていますが、
その資源に頼って生活しているスタイルは、大きく変わってはいない気がします。
未だ
石油という、資源を持つ国は強大な資金や権力を有していますよね(@@)


これも、人間が飲み水として利用出来るものは
極々、限られた量と言われていますし...
酸素
これだって、植物達が二酸化炭素を分解してくれなければ
もしかしたら、足りなくなってしまうかも...森林伐採が進んでいるのも現実です。

以前、
ある人が
「富は、いくらでも湧き出ている!」
「それにホースを繋いで、どんどん自己を満足させるように使えば良いのだ!」
「富は枯渇しません!!」
と、いったような話をしているのを聞いたことがあります。

へ〜@@
そうなんだ...凄い仕組みだな☆
で、そのホースとは?どこに??
その富とは?どこから??

この私の疑問について
彼女は、なんとな〜く、答えらしいことを話していましたが
いまいち、私には納得がいきませんでした。(あえてこちらでは書きませんが)


それは、
自分を満足させてくれるのでしょうか?
本当に自己を満足させる「富」が、ホンモノの富でしょうか?
そして、それが枯渇しないとは...本当でしょうか?
その方の語る「富」とは
お金、地位、名誉、あらゆる欲望をみたすこと...
それが富である
このようなことをおっしゃっていたような気がします。

私は
それらが、本当に自分を満足させてくれるとは
どうしても、思えないのです...
そして、それが富だということも...
(...笑 ^^;ひねくれてます??)

ある昔話で
一国の国王が、自分の国の人々の為に
自分の持ち物を、国民達に分け与える布施堂というものを城の横に建てた
という話を聞いたことがあります。
貧しい人達は、そこから自分たちに必要なものを持っていって、暮らしていたと...。
いよいよ、布施するものが無くなったとき、
国王は、自分の肉体までをも布施しようとしたと。
この話は、もうちょっと先もあるのですが...
この国王は、全ての国民から慕われ、敬愛の的であったと。
要するに
恵まれた境遇のものは、貧しいものに分け与える実践をすることによって
本当の富を有する。

富とは心の豊かさである

という、お話。

人は
どんなに欲望を満たしても、決して満足することはないと言われます。
なぜなら、
欲望は、欲望を生み
また、大きくなった欲望は更に、大きな欲望を生み...
雪だるまのように大きくなった欲望は、果てること無く...尽きること無く...
ですが、
人がこの世を去るとき、全ての欲望は捨てて、旅立たなくてはなりません。
持っていけるのは
魂の経験だけ...

↑こんな話、どこかで耳にしたことはありませんか?

本当に枯渇しないものは
人のもつ
温かい思いやりの心

どんなに他を思いやっても
それが、もし満たされなかったとしても...
情愛を超えた、利他の心は
それが枯渇することは決してない
と、そう思うのです。

枯渇しないもの=本当の豊かさ=人の心の温かさ、情愛を超えた愛の深さ

こんな方程式が
世の中にたくさん、存在したら
素敵でしょうね...☆


今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガの真の自由☆

最古のヨーガ経典を訳し、NHKを通じて広くヨーガを世間に知らしめた
故 佐保田 鶴治氏は、著書「ヨーガ入門」の中で
次のような発言をされています。
インドにおけるヨーガは、
究極の目的を、解脱においています。
インド的世界観によれば、
私達の生存は、時間と空間の制約下にあります。
時空の法則性の中でしか、私達は生きることはできません。
現実の生存の中には、真の自由のかけらもありません。
と、このような見解を述べています。
私達の生存は、
縦軸、横軸、そして高さの三次元、そしてそれに時間を合わせた
四次元空間に存在しています。
これは、時間を次元に含めないという説もありますので
三次元プラス時間と考えても結構です。
そして、時間という制約がある限り、
死というものを避けることはできません。
ヨーガでは、
私達の本質は、
真我と言う、時間さえ超えた、永遠の生命を持つ
と、言われているのです。
もちろん、
人間には寿命がありますが、
もっと質の高い魂が存在する領域があると、
ヨーガでは考えられているのです。
私達が存在するこの、物質宇宙より、さらに微細な物質で出来た領域...
非物質宇宙があるのだという考えです。

インドへ行きますと
有形の神
無形の神
どちらを信仰しますか?という話題が民間レベルで生じます。
それは、ヨーガ経典に
微細物質で出来た世界に住むものを、有形の神
非物質宇宙に生存する魂を、無形の神と
定義しているからに他なりません。

荒唐無稽のように聞こえるかもしれませんが、
真にヨーガに熟達しますと
この微細宇宙、非物質宇宙の世界を
実際に経験することが出来るのです。
そして、
私達の本質である真我は
それさえも超越して
永遠不滅であるということが、
ヨーガでいう、最高の真理なのです。
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by atelier-kuh | 2010-05-26 11:57

弱音

弱音...弱々しい声音。力の無い物言い。意気地のない言葉。(広辞苑より)

あ〜...
どれもこれも、朝から出鼻をくじかれそうな、気合いの無い、残念な言葉(^^;)

でも、誰でもこんな気持ちになることってあるんですよね?!
弱音を吐きたくなっちゃう心境、そんな状況...っていうんでしょうか?

こんなこと書いている私自身も、時々弱音を吐きます(笑)
でも、心の中で...
あまり、実際の言葉に出して、口に出して言うことは、
出来るだけ控えるようにしています。
独り言のように弱音を吐いた後は、
その言葉が空気中に消えていく煙のようにイメージしたり、
水の中の泡になって、消えてしまったりした様子を思い浮かべて...

さらっと流すようにしています。

言葉にしてしまうと...
力ないその言葉は、ネガティブな部分のエネルギーだけが固まって
足元にドンっと落ちる、輝きの無いゴツゴツした岩の塊のように、
肉体に重くのしかかる衝撃だけを与えるようで、
余計に辛くなってしまう気がするからです。

時には
紙に書いて、書きなぐった後...(^^;)丸めてポイッ☆

そんなんでスッキリするの???

と、思われそうですが、
(以前のブログにも書いたかと思いますが)
人の持つ言葉の力は、意外や意外!!
強大です。

弱音の裏側にある感情は、
完全に弱気...

心に弱気があっては、
自己の目標は、当然のことながら、達成しづらく
ましてや、敵(目に見える敵、見えない敵含めて)がいる場合、
それに打ち勝つのは、至難の業!となるでしょう。
常に、強気でいかなくては、勝てる相手にも勝てなくなってしまうのです...

...って、誰とも勝負はしていないんですけど...(. .)
そんな言葉も聞こえてきそうです(笑)
でもね、
勝負はしていなくとも、常に自分との戦いは、行われているはずなんです。
特に、真剣に生きていれば...
その、自分の中の「魔」と戦うことも
一つの勝負と考えれば、
どんな敵を迎え撃つことになろうと、
自己の目標を成し遂げる為に、最後に戦わなくてはいけないのは
何を隠そう...
自分自身なんです。

そう思いませんか?!

弱気な自分
言い訳する自分
後回しにする自分
逃げようとする自分
...

勇気を持って立ち向かえば
何のことはない

易々と
簡単に乗り越えられる壁なのに

怖い
怖い
と、自分のエゴが先回り

背中をポンッと軽く押されてみたら
その勢いで
あ☆以外と簡単に超えちゃった...

な〜んてことも(^^)

背中を押してくれてありがとう!
...と、振り返ったら
そこに立っていたのは
他でもない
自分自身☆

結局は
自分一人の独り相撲(@@)!!

時には、誰かに弱音を吐いて、それを聞いてもらうのも
いけないことでは無いのかもしれません。
でも、そっと弱音を吐いてしまったら...
こっそり流して

あとは、けろっとした顔で(^^)
よし!ごちゃごちゃ言わずに頑張ってみよ〜!と
気を取り直し、いざ
出陣☆

「弱気を起こしてはならぬ、敵を滅ぼすものよ、
それは、そなたにふさわしくない。女々しいためらいは捨てて、いざ立て。」
バガヴァッド.ギーター2.3

今日のワンポイントヨガ
☆怒りは他が与えたものではない☆

頭に来るな!本当にもう!あの人がこんなことするからだ!!
私達は、他人の言動に対して、
怒りを覚えたり、怒りを発生させたりします。
しかし、怒りは本当に他人が与えているものなのでしょうか?
よく、あまりにも嬉しいことがあると、
今は、何があっても許せる!というような表現を聞いたことがありますね。
そのような状態を、実際に経験されたことがある方も
いらっしゃるでしょう。
とても喜ばしいことがあると、そのあまりの喜びに
他人から少々嫌なことをされたとしても、
腹が立たない、気にならない...
それを考えますと、怒りは、
こちらの内的条件によって、生起したり、しなかったりすることが
理解出来ます。
つまり、
功徳があり、内的に満たされ、
心が明るく安定していると、
外的な条件に、感情が影響を受けることはないのです。
これは、
他人と比較してもわかることなのですが、
同じことを言われても、
ある人は、腹を立て、
ある人は、なんとも思わない。
もし、他人の言動が自分に怒りを与えるとするならば、
同じ行為に、全ての人が同じ反応をしなければならないはずです。
そのことを、深く洞察するならば、
怒りは、他人の言動から与えられたものではなく、
こちら側の、未熟な内的条件によって発生することが
理解出来るのです。
あらゆる他人の言動に、怒りを生じさせないことは、
自分の心が成熟しているバロメーターでもあるのです。
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by atelier-kuh | 2010-05-25 11:23

全力投球!

力一杯、全力投球!!
気合いだ〜〜〜!!
...と、体育会系の勢いで、一体何が始まるのか?!

ここのところ、待ちに待ったは春爛漫の陽気で、
ちょっとだけ、緩くなっている気持ちを引き締め、仕切り直し☆
そんなところでしょうか?

特に
何かを新たに始めるという気合いでは、ないのですが...
鏡に映った自分の体は、ほんの少し背筋が曲がって(?!)
全体的に、気合いの芯が何本か抜けた、緩んだゴムのよう?!
シャキ!とした感が、足りない...(^^;)
そんな風に感じていた矢先、
「残りの人生が、この先何十年と続いているのが、当たり前ではない」といったような
示唆が感じられ...
だとすると、今、どれほど精一杯生きているのか?
一生懸命、やるべきことに全力で取り組んでいるのか?
と、考えた時、
全然...
一生懸命じゃない(T T)
全然...
全力で取り組んでいない

あ〜
ごめんなさい...

ちょっと、ぼ〜っとしていたのかな?
と、思うことが多々あります。
一日中、そうであるわけではないので、
なんとなく、やってる風な気がしていたのですが、
実は、そうではなかったんですね...(^^;)やれやれ

もっと
頑張れば出来るはず
う〜ん(^^;)
いや...!
全然、やってるうちに入らなかったかも!?

100メートル走タイム計ります!!
と、言われているのに
よ〜いドン!となってから、
テクテク歩いて
へ〜(@@)なんて、周りをキョロキョロ☆
ゆっくり、のんびり...時には、足元の土いじり??!!
...なんてくらいに、ちょっとのんびりしすぎたかな?

なかなか
正確に自分自身を把握するというのは、難しいものです。

そうこしている間に
もう、5月も後半、残りわずか...
あと、数日で6月です。
1年の半分を迎えるなんて!?
(@@)

今年やろう!と思っていたことは
まだまだ、宿題がたくさん残っていて
手を付けていないことも山盛り。
そんな状態を、振り返った私に...
「全力投球!」というメッセージ☆

何事も、自分の持っている力を十分に出し切る努力をしなければ
望んだ結果は訪れない。
それどころか、
望んだことに手も届かない...。
やるべきことは、日々の積み重ね
努力の積み重ね...。

一生懸命
精一杯の積み重ねをしていくからこそ、
望んだ以上の結果を得ることが出来る。

いつも120%を心がけていかなければ
あなたの望みには
到達しない。

努力出来る身体があること
やろうと思う精神があること
そして
それを発揮できる
環境があること☆

それは、なんて有り難いことなのでしょうか。

出来ない理由を探すことばかりに、時間を費やし
出来ない理由を言い訳に、何もせずに...
○○したい!
○○でありますように!
と、望むのは
明らかに、ルール違反☆

さて
今日から仕切り直し!!

自分の中の精一杯を目指し
出来ることから
一生懸命!

うん、よく頑張っているね☆
そう、言ってもらえるように(^^)

頑張ろ☆

悔いの無い1日を積み重ねていけますよう...

今日のワンポイントヨガ
☆憎悪は自分を苦しめる☆

ヨーガ経典「ヨーガ.スートラ」2章の8において、
憎悪は、苦にとらわれた感情として、それを戒めています。
憎悪とは、
対象に対して、恨みや憎しみの感情を持つ事で
他を害する思念は、距離があっても対象の体調を害したり、
実際に、対象に不幸が降り掛かったりすることになるのです。
昔から、
人を呪わば、穴二つという言葉がありますね。
これは、平安期、加持祈祷を生業とした陰陽師は、
人を呪殺しようとするとき、
呪い返しにあうことを覚悟し、墓穴を自分の分も含め二つ用意させたことに由来します。
このように、他に対する憎悪は、自分に跳ね返ってくることを
覚悟しなくてはなりません。
そして、
憎悪の感情を抱く人の心は、
暗く、殺伐とし、その人自身が一番、苦しいことがわかります。
仏教経典においても、
「彼は私を罵った。彼は私を傷つけた。彼は私にこのようなことを為した。」と
過去に、他になされたことを、思い出しては対象に恨みの念を生じさせる人は、
恨みの念、憎悪の念は、もはや、止むことが無い、と仏陀が戒めているのです。
確かに、
私達の人生を振り返ると、
他に害された経験を思い出すこともあるかと思いますが、
全ては、自己のカルマによってなされたこと故と考え、
他を許し、他に憎悪や恨みの念を抱かないことは
真に功徳のある人の心の働きなのです。
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by atelier-kuh | 2010-05-24 10:48

音楽鑑賞

どんな音楽が好きですか?
クラッシック、ジャズ、ポップス、演歌...
音楽のジャンルはいろいろありますが、
好んで聞くものは、それぞれにあるかと思います。
私は...
演歌以外は、結構なんでも好きな方でした☆
でした...というのは
今は、あまり音楽を聴く機会がないからです。

昔は
ジャズが大好きで、コンサートにも行きましたし、
ジャズバーや、レストランも好きでよく通いました。
ジャズの生演奏が聴けるお店で、アルバイトした経験もあったかな☆

それくらい
ジャズ好きだったんですけどね...^^;

今は、
心が安らぎを感じるような、静かな音楽が一番、
落ち着いて
ゆっくりくつろげる気がして...

波の音
水の音
鳥のさえずり

そういう類いのCDありますよね?
そんなのをたま〜に聴いたり...
綺麗なピアノ演奏を聴いたりと...
流行や好みというよりは
心が喜ぶ、安定する、といったら良いのでしょうか?!
心拍数が落ち着くというか...(^^)

正直なところを言えば
わざわざCDなどをかけなくとも
耳をすませば
(もちろん、ラジオやTVの類いはOFF)
風の音...
時計のリズミカルな時を刻む音
時折、
鳥のさえずり
猫の声
...

静かに耳に入ってくる音は、何かしら...
私にささやきかけているかのように
優しい音楽を奏でます☆

1日の中のちょっとの時間で
静かな自身の内側に響く、音☆

演奏会にわざわざ出かけて
多くの聴衆の中に混ざり
さ、聴きましょう!
と、ならなくとも
心が喜び
穏やかになれる音楽が
いつも
内側に流れている

これはこれで
自身にとっては贅沢なこと☆

外界の雑踏にまぎれて
かき消されてしまう
自然の音

心を穏やかに
そして
静かに平静を保てば
ゆっくりとひびいてくる
落ち着いた
音楽

扉を閉めて
独りになって

静かな音楽鑑賞を楽しむのも
たまには
良いかもしれません☆

今日のワンポイントヨガ
☆カルマの浄化☆

カルマとは、神秘的なものではなく、
全ての現象は、過去のなんらかの条件によって生起するということを
私達は理解しつつありますね。
つまり、原因なくして、あらゆる現象は存在しないのです。
この視点に立てば、
私達の膨大な前世から積み上げて来た善業も、悪業も
これから経験しなくてはならない、ということになります。
ヨーガの実践においては、
様々な精神のアプローチ、
肉体的アプローチによって、
このカルマを浄化出来ると説きます。
もし、
ヨーガと出会うことがなければ、
一体どのような形でカルマが返ってくるのでしょうか?
それは
現象で浄化されるしかないのです。
例えば、
殺生や、暴力のカルマを多く積んで来た場合、
事故や怪我、最悪の場合は命すら危ぶまれます。
絶えず食欲や物質を貪って来た場合、
癌や、糖尿病を患ったり、経済的に大変貧しくなってしまったり...。
これが
ヨーガの教えを信じ、実践した場合、
前者はかすり傷や、軽い怪我程度で済んだり
後者は内蔵も健康で、経済的にも豊かになったりと、
悪業においては最小限の現象
もしくは、速やかに浄化し、現象において苦しみを軽減することが可能になるのです。
カルマというものは
ヨーガの実践を行うことで、自己のカルマを自分で浄化するか、
外側の現象で、ただひたすら浄化されるか
このどちらか、ふたつにひとつということになるのです!
ヨーガに出会った人は
この見解を、自己の実践によって理解し
外側の現象でカルマが浄化されることより
ヨーガ実践において、
速やかに、また最小にカルマが清まる道を選択するのです。
ヨーガの道は実に深遠ですね。
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by atelier-kuh | 2010-05-23 11:48

立ち上がる

多くの聴衆の前で、立ち上がる。
大きな決意を持って、
立ち上がる。

立ち上がるシチュエーションの裏側に
偉大な勇気と、決意がみなぎっている...

そんな心意気(?)
と、でもいいましょうか?
そんな心の背景を感じるとき、
人はその勇気に触れたとき、
感動して...
感化されて...
自らも
立ち上がろうと
決意する...☆

なんだかちょっと
熱血映画のワンシーン☆のようですが
...(^^)

さ〜!
決意表明です!!
な〜んて、ことを促されて
自分なりに
「こうします!」
...例えば
「20キロ痩せます!」とか
「営業成績ナンバーワンになります!」とか
「今年こそ、結婚します!」などなど
...なんでも良いのだと思いますが^^;
なにか、自分の中で決意することが出来たとき、
紙に書いたり
言葉で表したりしますよね?
あ、心の中でこっそり決意する人もいるかもしれませんが、
もっと積極的な方が
決意の達成率は上がりますよ (^^)o

そうです!
その決意表明をしたならば
次は、
重い腰を上げるのですね〜(^^)...あ、重いのは私だけかしら??

はい
立ち上がるのです!

立ち上がって...
何も、急に派手なことをしようとしなくても
全然いいのです(笑)

よ〜し!
人助けするぞ!!!
と、決意して...
そして、宣言して、
立ち上がって...

足元のゴミを拾う
それでもOK☆
立派な前進です ^^
素晴らしいです♪

まず、
立ち上がること

立ち上がって
ちょっとでも
前に出ること☆

それは
ほんのちょっと、自分にとっては
勇気のいることなのかも
しれません...

でも
その自分に打ち勝つ勇気があれば
何でも出来ます☆
その勇気を
みんなが
手を叩いて喜んでくれます☆
そして
周りも一緒に
歩きながら
応援してくれるはずです☆

頑張ろ!
みんな、一緒だよ☆と笑顔で微笑んでくれます!

さ、
立ち上がって
前に進もう!!

太陽は眩しく輝き
花々は祝福し
歓迎の音楽が鳴り響く

あなたの前の道は輝き
仲間達は手を叩き
満面の笑みで
称賛の声をかける

目の前に見えるのは
あなたが
待ち望んだ世界

輝く光の中に
溶け込んで

あなたは勝利の杯を手にする

さあ、立ち上がって...

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガと食事☆

現代社会では、ほとんどの人が1日3食の食事をとる方が多いですね。
私達は、幼少の頃から、家庭でも学校でもそのように教育され、それを実践してきました。
ヨーガでは、一体、食事の回数に関して
どのような見解を持っているのでしょうか?
ヨーガでは、節食といって、
出来るだけ、回数や量を少なくすることを勧めています。
例えば、
常に胃袋にものが入っていると、
胃や内蔵が休むこと無く
絶えず、働かなくてはならないことになるので、
内蔵自体、疲労します。
また、
大脳に流れるはずの血液が、胃に集中しますので
頭脳は冴えず、眠気が襲ってきます。
昼食の後など、仕事をしている人も、又、学業に励む人も
眠気がくる方が多いですよね。
ヨーガでは、
出来れば食事は、1日2回。
熟練者は、1日1回の食事が理想とされています。
1日3食、食べていた人が1食減らしますと
最初は、空腹を感じたり、苦痛を感じたりしますが、
慣れてくると、
心身がとてもリフレッシュされてきます。
ただ、あまりにも食欲が強い方が、無理矢理回数を減らすと
逆に、リバウンドや、その他の弊害をもたらしますので、
ヨーガ実践と平行することを、第一にお勧めします。
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by atelier-kuh | 2010-05-22 09:45

為すべき時に為すべきことが出来ること

長〜いタイトルになってしまいました(笑)

為すべき時に為すべきことが出来る

これって、凄いことだと思いませんか!?(^^)

でも、
はっと@@!!
思ったんです。
これは、凄いことだけど...
為すべき時に為すべきことが果たして、出来ているのだろうか?!
それは、
どうやったらわかるのだろうか!?
自分が今、為していることは、為すべきことと言えるのだろうか!!??
(><)...

これには
自己分析を怠らないことが、重要です☆
と、ある本に書いてありました。
自己分析...
まず、自分の為すべきこととは??
というところから、始まると思うのですが...
社会的な立場から考えて、私の場合の役割というものは...?
今、やらなければいけないことは...?
仕事や、家事や、その他諸々...
なのですが、
忙しくしすぎて、落ち着いて物事を考える事が出来なくなるのは
よくないそうです。
まず...
静かな時間を確保して、
自己の分析を行うことが重要です☆
そして、
その分析結果をよくよく、考えて...
今、為していることが、本当に為すべきことなのか、
余計なことを為してはいないか?!

答えは自ずと導かれると...。

そして
その答えに添って
もう一度、
為すべきことが出来ていると、感じられたら...
そのことに深く感謝する☆

人はロボットではないので、
毎日、同じことの繰り返しでは、生きている意味が見いだせません。
忙しさにかまけていると、そのことを追求することすら
忘れてしまいます。
そうこうしているうちに、
年をとって
老いて
体が思うようにならなくなって
...
その時に
なぜ?自分は今このようになっているのか?!
と、自問を始めてみても...
どうでしょう?
それは、人生を有意義に過ごしたと言えるのでしょうか?!

持病を抱え、
その病はあまり長くは生きられないと、一般的に考えられているにも関わらず、
その病にも負けず、
老いにも抵抗して、
一生懸命、生きて、
生きて...
世の中で
長寿と呼ばれる年齢にまで達している、ある男性を知っています。
大変、意思が強く
頭脳も明晰で
痴呆とも縁がなく
いつも、とてもお元気な方です。
ですが、
年々、足腰は弱り、ご本人もそのことを気にされて
日々、老いという、
時間の経過に伴うご自分の変化に、
抗いようのないものを、心の奥底において
感じていらっしゃる姿は
見ていて大変、切ないものを感じます。

為すべき時に
為すべきことが
出来ること

これは、とても抽象的な言葉の表現のようですが
個人個人の存在において、そのそれぞれが
為すべきことというものを、しっかりと見つめ、
そして
それを為すことの重要性☆
...もう一度、確認しなさいよ...
という、ある種のメッセージのような気がして...

そのことを、謙虚に受け止め、
自身の為すべきことを、考えると同時に
今日は
このことを一人でも多くの方と、一緒に考えることが出来たら...
と思い、ここに綴りました。

1日1日が
一刻一刻が
あなたの本当の幸福に繋がりますよう

今日のワンポイントヨガ
☆健康の秘密☆

病になってからでは、遅い。
なる前に予防する。
西洋医学は対処療法と呼ばれ、病気になってから
投薬したり、治療したりするのが特徴です。
これに対し、東洋医学の特徴は、
病気になる前に、普段の生活で健康を維持しようと努めます。
ヨーガは当然、
様々な医療機関や、民間療法で取り入れられたりすることからも
お解りになる通り、後者の東洋医学に属します。
そして、病気になる前に未然に防いでくれるものとして
大変注目を浴びています。
では、なぜ、
病気になってからでは遅いのでしょうか?
もちろん、治療効果がないと言っているのではありません。
しかし、病というのはカルマの結果という見方をしますと、
カルマが熟し、結果を出している状態なのが、病です。
それを取り除くことは、大変な苦を生じさせますし、また、時間がかかります。
このように、
結果的に、なってしまってからでは遅いのです。
では、病に対してどのように考え、生きることが
ベストなのでしょうか?
好き勝手に生き、
不摂生、飲み食べ放題...このような生き方は
目隠しをして、車を運転するようなものです。
普段の生活において、
自制し、健康的な生活を送ることは大変重要です。
そして、ヨーガでは、
心の汚れ、言葉の汚れ、行為の汚れが
病や、苦しみをつくり出すと考えられています。
自己の心を清らかに、
言葉を清らかに、
行為を清らかに、保つなら
それは、最高の心身の健康法、対処法であるのです。
そして、このことが
単なるまやかしでもなんでもないことは、
現代の医学においても
癌や、多くの病は、怒りや憎しみの感情、イライラやストレスなどが
原因ということが、解ってきているのです。
病気になってから、慌てふためきますか?
それとも、
普段の生活を正しく生きますか?
それは、皆さんが、どれだけ智慧を有した生き方を
選択するかで決まるのです。
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by atelier-kuh | 2010-05-21 11:59

おまけ

おまけって、なんだかちょっと得した気分☆がしませんか?
「はい、おまけだよ ^^」
「これ、おまけしとくよ!」
な〜んて、言われるとにんまり ^^♪うふふ
それだけで、なんだか今日はいい日だな☆
(↑ちょっと主婦感覚、入りすぎてますかねっ?!^^;)

小さい頃、買ってもらったお菓子によく、おまけがついていました!
シールや、キーホルダー、ちっちゃなフィギュア...etc.
今も、そういうお菓子、たくさんあるのかな??
だんだん、お菓子が目的なのか?おまけが目的なのか?がわからなくなり...
気がついたら、おまけの方がメインになっちゃってたりして...^^;
そういうの、今も昔も変わらない?!

こんな一般消費者心理を活用した商戦も、いまや珍しくは無く
お菓子に限らず、様々なものに
お試し用とか、
もうひとつおまけとか、
プラスアルファーの付属品をつけて、お得感をアピールし
主婦(主に)の購買意欲をくすぐる戦略は、あちらこちらで見受けられます。

なんだかちょっとわくわくする☆
日常の中の、ささやかな楽しみ♪

ものに限らず、
この、おまけ感覚☆
ちょっとした、楽しみ☆
これを活用するのもまた、楽しいものです(^^)
例えば、
私の場合、
立ったついで、座ったついでにヨガをする☆(ヨガ好きです^^;)
掃除のついでに、「世の中も、こんな風にピカピカに、もっともっと綺麗になりますように☆」
お茶を淹れるついでに、「これを飲む人が、心から寛ぐことができますように☆」
なんて ^^ 祈りを込めてみる☆
...
たいしたことではないのだけれど、なんだかちょっといい気分☆
そこに必ずしも、相手が存在していなくても、
なんとなく...良いことをしたような、心地の良い爽快感☆
そんな気分に浸れる自分が、ちょっとだけしあわせ♪

こんなことを、一人で楽しんでいると友人に話したら、
それは、とっても良いことですよ☆
と、言われました ^^
...@@*そうなの!?良かった♪

日本には、一日一善!なんて言葉もありますが、
一日に、たったの一善では少なすぎる(のだそうです)
心の中で、そのように祈ることはとても良いことです ^^(友人談)
それは、一生懸命に早起きして、座禅を組んだり、瞑想をしたりしなくても
何かのついでに、ちょっと思う
ほんのちょっと、意識する
その、ささやかな積み重ねが大切なんです☆
...って、改めて教えてもらいました。
それが、だんだん癖になっていくと
外に出て、
すれ違う知らない人にも、「良いことあるといいですね☆」と思えたり、
体調の悪い人に、「お大事にしてくださいね☆」とさりげなく気遣えたり、
そういった、自分を超えた他人への、思いやりの心に繋がっていくのだと...

改めて、このように人からコメントされると
あ〜そうだな☆って...
日頃から、そうでありたいなと思っていても、
やっぱりそうなんだ☆って思えるアドバイスって
なんだかとっても、嬉しいし有り難い(^^)

小さな子供の頃に
手の中にポンっと入れてもらった
あめ玉のように
「はい、おまけだよ」
ふわっと広がる、嬉しい気持ち☆
そんな気持ちで
何かのついでに、祈りを込める...
自分を高めることに繋がる、何かを行う...
ほんの些細な
積み重ね...

おまけの感覚で
気軽に出来たら

もしかしたら
神様は...
後に...大きなプレゼントを用意してくれるかもしれません!!
\(^^)/

今日のワンポイントヨガ
☆指摘する時は笑顔で☆

どうしても立場上、他の欠点や過失を指摘しなければならない時って
ありますよね?
こんな時、まず相手の立場になって考えてみましょう!
人は必ずプライドを持っています。
指摘された箇所が正しくても、
なかなかそれを素直には聞けないという人も多いものです。
ましてや、言い方によっては、その人のプライドを逆なですることにも繋がって
うまく伝わりづらくなってしまうこともあるものです。
自分自身でも、そういったことがありますよね?
正しい指摘であっても、
厳しい顔で、怒りや軽蔑の感情を乗せて、指摘すると
そのされた方は、気分を害して、その人の意見に逆らいたくなってしまうものです。
そういう時は、
指摘しなければならない他人の箇所が
自分も持っているものなんだ、
だから、自分自身に言い聞かせるつもりで
愛を持って、笑顔で指摘してあげることが大切なんだと
心がけることです。
もし、本当に愛があれば、
厳しい指摘であっても対象は、それを受け止めてくれます。
もし、そこに
私にはこんな欠点は無い、欠点なき偉い私があなたの欠点を指摘してあげているのだと
プライドから来る優越や、プライドから来る嫌悪を振りかざして指摘するなら
対象は、全く聞く耳を持たず、恨みしかもたなくなってしまうのです。
自分自身の欠点を取り除くつもりで、
優しい気持ちで対象に接するなら、
言った方も、言われた方も、
共に成長出来るのです。
これは、もちろん、
会社の人間関係だけではなく、家族、親子、恋人関係にも
通じることです。
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by atelier-kuh | 2010-05-20 09:52

蓮の花

美しい蓮の花☆
昔から、この蓮の花が大好きなのですが、花だけではなく
レンコンも大好き☆
この花がお好きな方は、多いですね!
有名なのは、鶴岡八幡宮の源平池が有名所でしょうか?
他にも、美しい蓮の池はあちこちにあるかと思います。

先日、
タイの美しい写真集を見せていただく機会がありました。
随所に、蓮の花が登場し、仏教国であるタイでも祭壇に祭ったりと
とても大切に扱われているようです。

この蓮
スイレン科の多年草で、インドが原産だそうです。
仏教との関わりが強く、寺院の池、水田などで栽培され
長い根茎は先端にゆくほど、肥大しひげ根を出す...
夏になると、白、紅色、などの花を咲かせる。
普通、16弁で果実、根茎は食用☆
古名、はちす。

最近は、女性用の化粧品類や石けんの材料などにも使われたりと
その用途は広がっているようです。
友人も、大の蓮の花好きで...
遠くまで見に出かけたり、わざわざ化粧品を買いに出かけたり...
私はもっぱら、近所で見かけたら喜んだり
蓮の置物を手にして喜んだりと
手の届く範囲で、楽しんでおりますが。

先日の桜の花に続き...
(ちょっと花ネタが続いて、花に興味の無い方には申し訳ないですね^^;)
この蓮の花も、随分と多くの日本人の心を魅了する、
魅力的な花と言えるようです☆

仏教と深く関係があるということで(自身は無宗教です^^)
よくよく観察してみますと
やはり、
仏像の類いはそのほとんどが
蓮の花の中央に、蓮華座を(足の組み方)組んだ状態で
瞑想しています。
実際
神々というものは
この、蓮の花の中から生まれると言われています。
なんと神秘的☆

そして
この蓮
一体、どのようなところで花を咲かせるかと言いますと...

泥沼
だそうです(^^)

汚い、汚れた泥沼で、その泥を浄化しながら
美しい花を咲かせる☆

自分の体内に汚れたものを吸収し、
綺麗な状態にして...
どんどんどんどん
水を浄化する。

汚れた沼や池などで
よくぞ、あんなに美しい花を咲かせてくれたものだ!と、
感動するほど...
その浄化力は素晴らしく
その様を
汚れた世界に身を置きながら、
清らかな心を保ち続け、周りを浄化し続けながら
汚れたものをも自らの力によって、美しい花とする...
このように、比喩的な表現によって仏教では
菩薩の心を象徴するものとして表されて来ているそうです。

なんと健気な
蓮の花☆

見れば見るほど
聞けば聞くほど
この、黙って健気に花を咲かせる
清らかで美しい
蓮の花に
いとおしさが募ります

まるで、何か
大きな願いを込めて
私達に訴え
花を咲かせているかのようです

今日のワンポイントヨガ
☆カルマと物理的考察☆

なしたことは、良きことでも、悪しきことも、
良きことでも悪しきことでもないことでも
必ず、自分に返ります。
このようなカルマというものは本当に存在するのでしょうか?
因果応報という表現も、このカルマというものを表しています。
つまり、原因(因)があって、結果(果)が存在するという具合です。
これは、物理学も全く同じように現象に対する見解を持っているのです。
因果律といって、全ての現象は、過去の何らかの原因を起因として
成立するというものです。
これは、かのアインシュタインも述べているものです。
つまり、
カルマという考え方は、神秘的なものではなく、
現代物理となんら相反する考え方ではないことが
わかります。
私達が経験する事象、
これは、良きこと、悪しきこと、また、良きことでも悪しきことでもないことも
全ては、過去になんらかの原因が生じているということです。
つまり、
原因がなければ、全ては何も生じないということです。
そして、ヨーガとは
未来において、苦しみの結果を生み出す、心、言葉、行為の働きを止滅し、
未来において、幸福を生み出す、心、言葉、行為を積み上げる実践です。
真に科学的な人、智慧ある人はこの
カルマを信じることが出来るわけです。
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by atelier-kuh | 2010-05-19 11:56
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