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迷子

よく迷子になります(笑)
先日もちょっとお出かけしまいて...初めて訪れる場所だったのですが。
案の定、迷ってうろうろ...
迷子です(^^;)

初めての場所というのは、見える光景が見事に新鮮そのもので
ついつい、周りに見とれて大切な目印などを見失いがちです。

そんなこんなでも
無事に目的地には到着するのですが。

この迷子状態☆
慌てず騒がず、これも必要なの?!なんて気持ちを切り替えて(無理矢理?!)
てくてく歩き始めると
面白い発見があって、なかなか捨てたものでもありません☆
私は、頻繁に迷子になるので(もう 子 では、ないですね^^;)
半ば諦め、もしくは開き直り?!ともいえるかもしれませんね(笑)
でも
本当に、後から振り返ってみると
「あの時に道に迷わなかった...知る由もなかった!」という、出来事や物事に
遭遇する事がほとんどなのです。

あまり、気がつかないで間違った方向にばかり進むと
足は疲れますし、体力も使うのですが
それも、後に知り得る果報に比べれば、全く意に介さないくらいのものです♪

たまに迷子になっても
慌てず騒がず
周りの状況を眺めながら、新たな発見を探してみるのも
楽しいかもしれません!
(急いでいる時は、時刻に要注意ですけど 笑)

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガと先祖供養☆

日本の伝統仏教、あるいは、仏教系の新興宗教であっても、
教えの中心は先祖供養です。
あるいは、苦しみの原因は、霊の仕業であるとか
不幸の原因は先祖が成仏していないとか、
墓参りがどうだとか、
僧侶や霊能者も、そのようなことを説きます。
しかしこれは、
ヨーガや仏教の輪廻観からみますと、
大変間違った考え方なのです。
ヨーガでも仏教でも、チベット密教でも
死者は49日以内に、六道と呼ばれる、
地獄か動物、餓鬼、人間、阿修羅、天界のいずれかに生まれ変わると言われています。
そうなりますと、
先祖霊がどうとか、いうのは大変な矛盾になるわけです。
もうどこかに生まれ変わっているわけですから。
そのような見解から、インドに怪談話はありません。
また、インド、チベット、スリランカ等の仏教国は
仏壇には字のごとく、仏陀しか奉りません。
先祖を奉るのは日本だけです。
これは、日本が仏教国でありながら仏教音痴である事を
意味しています。
不幸の原因を霊の仕業等という話には
真実は無く、低級な霊(餓鬼、プレータ)の世界に引き込まれて行くだけなのです。
不幸の原因は、霊の仕業ではなく、全てカルマから生起したものなのです。
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by atelier-kuh | 2010-03-31 10:29

不信

人間誰しも、様々な経験を通しての「学習」をします。
それが、一体どんな学習なのか?
人それぞれ、その時期やタイミングなど、「学習」の内容は、個人個人違います。
学習=実地訓練のようなもの?!

例えば
ある人には、恋愛(人間関係)についての実地訓練〜初級編〜
その1
人に好かれるには?
その2
心を開いてもらうには?
その3
楽しいおつきあいのコツ
その4
マンネリ克服法!
その5
継続方法について!
その6
別れの法則
その7
心の癒し方
その8
新たな出会いについての心構え
その9....
な〜んて(^^)感じでしょうか?!

テーマはいくつにも別れ、それぞれが、その時その時の状況で
一つ一つをクリアしていけば→また次のテーマ☆
こうして人生の、実地訓練はどこまでも果てしなく続いて...

ただ、ボンヤリと流れ行く事象に、そのまま流されていると
せっかくの実地訓練が、進まなくてもったいない(^^)

さて、自分は今、なんの実地訓練中???

こんな風に考えて行くと
例えば、思いもよらぬ出来事で、人に騙されたり、
または、裏切られたり...なんてことが
もし、あった場合。
それは、どのような学習に繋がるでしょう?

純粋で心が清らかな人は、産まれてこのかた、人に疑いを持つということが
一切なかったとします。
そんな人が、人から騙された場合...
もしくは、信じていた人に裏切られた場合...
ものすごく、傷つきますよね?
ものすごく、悲しい思いをして
もう二度と、人を信じる気にはなれないかもしれません。

経験ありますか?

もし、こんなことに出くわした場合、
どんな風に捉えますか?
☆どんな人でも疑って、もう二度と人の事は信じない!(猜疑心の塊と化す 笑)
☆じっくり観察して、信用できそうな人だけ信用する。
☆たまたま騙されただけ!私はやっぱり人を信じるわ。
☆騙されない自分をつくりあげるため、自己を磨き、
利害関係抜きで信頼し合える、人間関係の構築に心がける。
☆その他...

さて
どうでしょう?

私も、「あ〜〜なんか騙された?!私...?」と思う事、何度か経験しました(^^)
誰でも、きっと一度や二度、ありますよね?
いい人だと思っていたのに...
信じていたのに...
こんな時、人はとっても哀しい思いをします。
やりきれないですよね(T T)
でも、ここで、騙した人、裏切った人を憎んでみても、恨んでみても
結局、何も始まらない。
...そんなこと、わかっているけど、でも、この気持ちを、どうしていいかわからない(泣)
心の中で、押し問答が始まってしまうわけなんですが...^^;
これこそが
実地訓練!

ここで、どのようにこの出来事を捉えて、どう次へ繋げていくのか?
そして、どのように先へ進むのか?
それは、個人個人の心の持ち方によって違ってきます。
それによって、次に用意されている訓練の内容も変わってきます。
上手にクリアできた人は、スムーズに違う課題へステップアップ☆
いまいち?!だった人は、ちょっとだけ登場するアイテムを変えて、同じ内容をもう一度☆
全然だめだった人は(笑)こんどはもうちょっと違う方向から、似たようなテーマで再TRY☆

なんか、同じようなタイプの男性に騙されてばかり...な〜んて女性☆
いませんか?
それは、そのおつきあいの中で、もしくは出会いの中でクリアされるべき
課題がクリアされていない為に、同じ事に出くわしている?!だけなのかもしれません。
「もっと○○な出会いが欲しい、理想は○○!」
その、理想に到達する為には、自分の中の課題をクリアして
自身もステップアップしていく必要がある!ってことなのかもしれませんね(^^)

シンデレラが王子様と出会えたのは
心が綺麗で、王子様と見合った人間的魅力があったから!
これも実地訓練の成果?!

今の世の中、
真正直に、真っ正面から他人の事を丸ごと全部信用します☆
という人は残念ながら、少ないと思います。
長いつきあいの中で、信頼関係があるから...とか
家族だから、身内だから、信用してます、という人は
きっと、いますよね?
他人とのおつきあいにおいて、誰も介さず初対面から互いに、信を持ちあえる関係は、
また、持てる時代では、無いのだと思います。
ですが、
過去の何かの経験から、人を全く信じる事が出来ないのも
とても残念な話しだと思います。

自己を磨き、他を照らし出す「心」を磨き、高めていくことは
自分をも守り、そして更に向上させてくれる、素晴らしい人間関係を構築していく上でも、
大切なことだと感じます。

心を磨く事
前向きに捉えることの大切さを、
与えてくれる為に
「今」があるのだと信じて...

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガと願望の達成☆

このグッズを身につけると、幸福になれる、
このネックレスをつけると願望が叶いますよ!

巷では、このような願望達成の為のアクセサリーや
グッズなど、よく見かけます。
このようなグッズで、本当に願望が叶ったり幸福になることが
できるのでしょうか?
答えは否と言えます。
ヨーガの世界では、願望はあくまでも
私達の、心、言葉、行為の功徳によって積み上げた
功徳のエネルギーによって達成させるものです。
波動が込められている、霊能者の念力が込められていると、うたわれたグッズ等、
それらしい購買をすすめる内容が書かれていますが、
それらは、良い波動どころか、まさに貪欲な邪気に満ちたものなのです。
しかし、願望を護摩木に書いて、僧侶が火を焚きながら願望の達成を祈願する宗教や、
願望を叶える為に、深い意識に入りマントラ(真言や祈りの言葉)を唱える等の
西洋魔術は実際に力があります。
しかし、いずれも功徳を背景としていないため、
(功徳を)借金をして願望を叶える形になるのです。
つまり、人間として最低限生きて行ける功徳を絞り切って
願望を叶える形となりますので、
願望が叶うや否や、現象は一気に悲惨になっていきます。
(魔術をやる人は、ものをさかさまに表現したり、シンボライズするのですが、前進ではなく、後退するダンスで爆発的に有名になったM.Jはおそらく魔術をやっていたものと思われます)
そして、気がついた時には取り返しがつかなくなるのです。
私達が、一時の願望を叶える為に、
安易に願望達成のグッズや、宗教的な実践を行うなら、
大変な苦しみが待っているのです。
願望はあくまでも、功徳の力によって、叶えるべきなのです。
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by atelier-kuh | 2010-03-30 11:03

冷静な判断

落ち着いて、物事をよくみて考えなさい!
一度や二度、自分の親や先生などに言われた経験が、あるかと思います。
私は子供の頃、学校ではとても大人しく目立たない方...?!
(なぜか、目立ってはいけないと思っていましたが、人前に出る事が多く、結果的に目立ってしまっていましたT T)
家では、やんちゃで自由な野生児...(^^;)
「落ち着いて...」この台詞は、母親に言われていたかな...?
子供の時は、なかなか冷静な判断とはうまくいかないものです。

先日、
お腹が大きな妊婦さんと、ゆっくりお話しする機会がありました。
産まれてくるお子さんに会う日をとても楽しみにされていました。
現在妊娠5ヶ月。
胎動もあり、元気に育っている様子が日々伝わってくるそうです。
初めての我が子ということもあり、うきうきと幸せな時間を満喫されているのかな?
と、思ったのですが、至って冷静。
出産に伴い、自分の体の変化、もちろん胎児の変化、周りの環境、これからの準備...etc.
当然と言えば当然?!かもしれません。
これから、一人の人間の命を全部丸ごと、預かるのですから...

ですが、感心したのは「あれこれ買わない。」と、断言されたことです。
いろいろ、欲しいですよね?
初めてのお子さんでしたら、あんなもの...こんなもの...
出産準備雑誌も巷には、たくさん出ています。
中を開けてみると、「ほとんどのお母さんは準備しています!」や、「これは新生児に必需品!」
などの、見出しなどで購入を勧めるグッズが山盛りです。
どれもこれも、魅力的にコメントが書かれており、写真もとっても素敵☆
なんとなく、購買意欲をそそられる?
というより、買わなきゃいけないような気持ちになってしまう?
洋服も、デザインが多様で種類も豊富☆
可愛い我が子に、あれも着せたい、これも着せたい!
そう思う、母親はたくさんいらっしゃるのでは?!
でも、その方は言いました。
いずれは使わなくなるし、そんなに必要なものはない。
(@@ )
すごい!
経産婦さんで、すでに上にお子さんがいらっしゃるなら、まだしも...
よくわかっていらっしゃる。
私も経験ありますが、なんとなく必要な気がしてくるんです、実際、要らなくても...^^;
特に、盛りだくさんの「情報」というものがあると!!

それが一般的な人の「欲」というものですよね?
情報によって、人の欲望は生起したり、増大したりするものです。

溢れかえる情報を、目の前にしても、
これは要らない、これは必要
そういう冷静な判断が出来るって、素晴らしい☆

とても大切な事ですね〜!
こういう生活が出来る人は、見た目も考え方もシンプル☆
あまり、どうでもいいことにもこだわったり、いつまでもうじうじと考えたりはしたりしません。
何に対しても、物事を冷静に観察して、判断力にも長けています。
スパッスパッと歯切れよく、まるで音がしそうです(笑)

そして、結果的にものすごくお金も貯まったり
自由に自分の時間を、有意義に使えたり
結局は、自分自身が最も得をする生き方が、出来たりする☆いわば知性を感じるのです^^

冷静な判断

心が浮かれたりする楽しいとき
また、
大きく動揺するような出来事に見舞われた瞬間
どんなときでも
落ち着いて、大人になった自分を感じる事が出来たら
素敵ですね☆

今日のワンポイントヨガ
☆正しく言葉を語ること☆

現代社会は、大変言葉が乱れていますね。
若い女性達が、自分達だけで通用する略語や、造語、
または、芸人のように意味の無い言葉、ダジャレやギャグなど...
そして、それを見たり聞いたりする私達も、その情報によって
ついつい、口から出てしまいます。
では、ヨーガでは、そのような言葉の乱れに対してどのような見解を
持っているのでしょうか?
まず、私達は真実を語ることは、為した言葉がストレートにこの世に
現象化すると、ヨーガでは説きます。
そのように見るならば、私達が略語、造語を含めて、
綺語と呼ばれる必要の無い言葉を語る事で、
私達の言葉は力を失い、為した言葉が現象化しなくなるカルマとして
自分に返ってくることになります。
やることなすこと、ミスが多い、あるいは、自分に必要の無い現象、
言った事と逆の現象、また、必要の無いものばかり手に入るなど、
この綺語のカルマのあらわれなのです。
それを理解するなら、私達が綺語を離れ、正しく真実を語る事が
自分にとって大切なメリットであることが理解できるのです。
それだけではなく、
やはり、綺語を離れ、正しくいつも誠実に真実を語る人は、
信頼と尊敬を集め、言葉に力を持ち、
この世を自在に生きて行く事が出来るのです。
綺語は瞬間の楽しさ、軽薄な喜びを生み出すかもしれませんが、
決して自分も他人も幸福にすることはないのです。
皆さんも綺語を離れ、
正しく真実を語る実践をされてみませんか?
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by atelier-kuh | 2010-03-29 12:03

心の洗濯

忙しい毎日を送っている方、とっても多いですね!
一日24時間じゃ足りない!
36時間だったらいいのに!
もっとゆっくりくつろぎたい!
とにかく寝たい!
...いろいろな言葉を聞きますと、
「あ〜疲れが取れてないんだな...」とか、
「ゆっくりのんびりする、余裕がないんだな...」と、気の毒に思います。
大変ですね(TT)
特に、この3月は決算月という企業が多いらしく、いつもの何倍も
慌ただしい勤務時間を過ごしている、という方もたくさんいらっしゃいます。

そんなとき、
列車に乗って、当ての無い旅に出たい...
こんな風に思った事ありませんか?
(^^)私は実は、何度も何度もありまして...(過去に、ですけど...^^;)
実際、ふらっと飛び出して、当ての無い旅をしたことがあります(笑)
(今、思えば、そんな突飛な事が出来ただけでも、幸せですね^^;)
ある時は、目に着いた高速バスに何気なく飛び乗って...
着いた先で独り、ビジネスホテルで世を明かしたり。
ある時は、列車に乗ってとにかく遠くへ...と。
何かで耳にした事のある駅を目指して夜行列車に乗り、
ふらっとおりた場所で、朝日を眺めながら、海辺を散歩したりもしました。
またある時は...って、何回経験したんでしょう?私...
手持ちのお金が底をつく頃、仕方なく家に戻り...
まるで家出した子供のように...もしくは、放浪猫のように...
疲れ果てて、ベッドに横になったのを思い出します。
旅先で見た景色は、どれもこれも
何気ない、その地にある普通の日常の風景で、
特に特別な催しがあったわけではなかったのですが、
なんとなく全てが、
きらきらと美しく、すれ違う人は皆、幸せそうで...
自分だけが悲しくつらい境遇におかれた、
惨めで悲惨な人生の敗北者のような心境でした。
ですが、
ボンヤリと眺める、海は穏やかで
青い空は、遠く広く、そして...どこまでも澄んでいて。
静かな風が時折、やさしく顔を撫で...
ただそこにいるだけで、心が洗われるような
そんな自然の癒しの効果を、実感していたのを覚えています。

ある時は
激しく流れる、大きな川の流れを見ていた事もあります。
轟々と、音をたてながら流れるその川は、とても激しく
何もかも、一瞬でその場から流し、消してしまう
そんな力強さを感じ...
私の悲しみも一緒に流してもらえるような気がして、
いっそ、自分も流されてしまえば...
いや、だめだめ...
心の中で、そんな問答を繰り返していたことも思い出されます。

帰りたいけど帰れない、温かい親の待つ実家に戻る事も出来ず、
家の前まで来たにもかかわらず、
玄関の前で引き返した夜もありました。

何が私を苦しめていたのかは、当時の私にしかわかりません。

ですが、
自然の力や、自由のもつ力によって
心の洗濯をし、
次に繋げて生きていた、そんな時期があったのは事実です。

忙しい毎日を過ごされている多くの方々に
(私のような突飛な洗濯は、あまりお薦めはしませんが)
ゆっくりと綺麗な景色を眺めたり
自然の大いなる力に身を委ねたりしながら
たまにはのんびり、心の洗濯をされる事を
お勧めしたいと思います(^^)

どうぞ、人間も自然の一部であるという実感を
心に刻んでみてくださいますように...

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガから見た最高の生き方とは☆

私達の苦楽を決定するのは、
心で思った事、他に為した言葉、他に為した行為で
決定すると私達は理解してきました。
つまり、私達の今日も、未来でさえも、
今まで、他に為した心、言葉、行為の蓄積によって決定されるのです。
もし、昨日まで悪い事が続いていたとしても、
あるいは、良い事が続いていたとしても、
それは、過去の心、言葉、行為、この3つのカルマが(カルマとは因果律のこと)
現象化してきたに過ぎません。
では、真に智慧ある生き方とはなんでしょうか?
それは、悪い事が起きたとしても、いい事が起きたとしても
頓着しない。
そして、未来に一切、苦しみのない状態を作り上げるべく
今出来る、最高の心、最高の言葉、最高の行為の実践、
つまり、この3つの出所の功徳を積み続けることなのです。
今、幸福であろうと、
今、不幸であろうと、
それは、今、現在の努力と関係ありません。
悪い事が起きたと、悲観し、落胆し、意気消沈することも
いい事が起きたと有頂天になって、はしゃぎ、得意になり我を忘れる事も
愚者のとる行為であり、
ひたすら、今出来る心、言葉、行為の功徳を積み上げることに
集中する生き方こそが、
真に賢く、最高の智慧者の生き方なのです。
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by atelier-kuh | 2010-03-28 21:23

必要な時に必要なものと出会う

世の中は結構シンプルに出来ているように
思います。
至って、簡単。
必要なものは必要な時に出会う

それは一体どんなもの?

わらしべ長者

ちょっと遠回りしているようですが、この昔話がわかりやすい例えかな?
...
その時、その時、確実に必要なものを手に入れながら
先に進んで行く
そして、最終的にたどり着いたものは?!

人間を含む、モノには波動があると言われていますが
その波動と同調したものを引き寄せる、または結びつける、
そんな現象もありますね。

似た者同士がくっつく人間関係!
探しモノをしている時に、はっと出会う書物!!

その人が純粋な波動を発していたならば、本当に必要としているものが
その時、何かを介在して、もしくはダイレクトに(?)
手に届く☆

何か大きな悩み事を抱えている人がいたとしても
それには、意味があって
それを乗り越えた時にのみ
その意味が分かる☆

山に登る前に、その頂上に到着した時の感動がわからないのと一緒で、
登って行って初めて、その登頂の景色の素晴らしさ、下からでは見る事の出来ない素晴らしい
光景に対する感動...それらのものを自身の経験で実感する。

そういう実技形式で、物事は進んで行く。
至ってシンプルな仕組みですね(^^)

実際、些細な事柄でも、そんな風に感じる事って、ありませんか?

ですから
放棄してしまっては、何事ももったいないのです(^^)

何か意味があって自分のところにやって来た出来事。
ちょっと、心に留まったそのなにか...
磁石のように引っ張られる、目に見えない力を感じるとき
それは
自分にとって、何か必要なものを啓示してくれているのかもしれません。

一瞬心に留める自分の意識
忙しく流れる現代の、慌ただしい空気の中で心も忙しくしていたら
ただただ、流されるがまま何も感じなくなってしまうかもしれません。
一人一人に備わっている、目に見えない力
意識を集中し、自分の心を見つめてみてください。
それは、瞑想という座した姿勢などにこだわる必要はありません。
歩きながらでも瞑想はできます。
(もちろん、座した瞑想法には重要な意味合いがあります☆)
自分の心の内側に意識を集中することは、とても大切な事です(^^)
新しい発見があったり、はたまた、意外な集中力を発揮したりと
得るものは多大です!

背筋をしゃんと伸ばし、意識を頭のてっぺんにむけて
深呼吸〜☆(鼻で)

今まで、見えなかった発見に期待して、充実した一日を過ごしてみてください!

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガの見地から見る二つの永遠☆
 
ヨーガでは、私達の本質は、真我(しんが)といって、
永遠不滅の至福の性質を持っていると、説かれています。
真我は、そんな生き物も心臓内部に原始よりも微細なものとして
存在します。(古代ヨーガ経典 ウパニシャット参照)
それは、時間や空間に制約されず、まさに永遠の幸福を
味わい続けます。
しかし、逆の見地からみますと、
私達が真我にたどり着かないと、逆の永遠、
つまり、ずっと、生まれ変わりを繰り返し続けなければならなくなるのです。
ヨーガの宇宙観では、地獄から動物、または餓鬼と呼ばれる人間以下の存在、
そして、人間、さらには、たくさんの神々の世界が連なっています。
例えば、人間、神に生まれても、
寿命が来たら、また落下し、魂は永遠に上昇と落下を
繰り返し続けるのです。
これを、聖典では、永遠の輪廻の苦しみと、
表現しているのです。
このヨーガの見地に立つなら、
前者は至福に満ちた永遠であるのに対して、
後者は苦痛に満ちた永遠となっているのが理解できるのです。
これが真実であるかどうかは、
みなさんがヨーガの実践をされたら明らかになるのです。
そして、ヨーガの目的は、
この、永遠の幸福 真我に到達することが
ヨーガ経典の一番最初に記されているのです。
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by atelier-kuh | 2010-03-27 12:05

宝探し

宝探しゲーム☆
ドキドキわくわくしながら、宝物を探し当てる!
小さい頃、誰もが一度は経験した事があるのでは?
宝物が、かわいいおもちゃだったり、小さなお菓子だったり...
あの頃、宝物はなんでも、良かったのかな...?

探している時の興奮が、そして、見つけた時の喜びが
何より、楽しい出来事だったのかもしれません(^^)

大人になって...

宝探しゲームをする機会はあまり...無いとは思いますが^^;

心の中で
自分自身の追い求める宝物を、探し続けている人は
多いのではないでしょうか?
それが、仕事の成功であったり、素敵な恋人であったり、
または幸せな家庭であったり...etc.

これこそは、と思える大切な宝物を、一生懸命一生懸命...

何を宝とされますか?

こんな疑問を投げかけられたとき
なんと、答えますか?

私の宝は
...

きっと
人それぞれ、違うのでしょうね。
それが、一般的な見解だと思います。
でも、それがもし、
世界中の人々が、全く同じものを自身の宝としたならば...

宝は自分の外にあるものでは、ありません。
はっきりとそう断言した人がいます。

自分自身の中に、絶対不滅の至福に至る
永遠の宝があるとしたら...
そして、
それが、目に見えないものだとしても...
それを、感じる事が出来る、その「時」が来たとしたら...

誰しもが、何をおいても、それを追い求めることでしょう。

そして、必ずやそれを得る事が出来るとしたら、
得る為の努力を惜しむはずもありません。
それくらい
得た人に幸福を与える、価値のあるもの...

それは
すでに、一人一人の心の奥底から、微かな光を放ち
見つけてくれる日を
今か今かと、待ち望んでいるのです!!

もし...したら...
そんな「仮りに...」の話ばかりでは、ピンとは来ないかもしれませんね。
でも、実際にこの世にいながらにして、
極楽にいるかのような至福を味わっている人が存在しています。
そして、
自身も、追い求めたいと思っています。

全ての人が、本当の幸福を得て欲しい☆
世の中の人全てが、他を思いやる心を培って、
互いに幸福を祈り合い、自利利他の実践をしたならば...
争い事も無く、悩み事も無く、苦しむ事も無く、
日々、心穏やかに過ごす事が出来たなら...
なんて、素晴らしい世の中だろうかと...

現実の世界とはほど遠く、ただの夢物語のように聞こえる
ただの偽善、もしくは空論
そう、思われるかもしれませんが...
思考することが、自分自身のものとして自由なら
こんなことを考えて、現実になれば良いなと祈り続けて生きるのが、
自身の幸せと信じているのです...

どうか、一人でも多くの人が
自分の内側にある宝物を見つける事が
できますように...☆

今日のワンポイントヨガ
☆環境を変えるには☆

どうしても、苦手な人がいる...
あの人さえいなければ...私は幸福なのに!
人は、自分の環境に、苦手な人、自分を攻撃してくる人、
自分を嫌悪してくる対象がいた場合、その原因を全て
他においてしまいがちです。
そして、その嫌悪に対して嫌悪で応酬してしまったり、
または、いつか、反撃してやる!怒りをぶちまけてやる!と
準備していたりします。
しかし、
ヨーガの見地から原因を探るならば、
一切の苦しみの原因は自己の内側、
カルマから生起するのだという教えが説かれています。
つまり、私達が過去になした、他に対する言動が返って来ていると
考えるべきなのです。
一般的な対抗策として、直接他の欠点を指摘する、
訴えて、対象を変えようと試みますが、
ほとんどの場合は、対象は聞く耳を持たず、
更に、関係は悪化してしまう事が多いはずです。
それは、本人が原因を全て、対象において、
嫌悪を背景として、他を非難し、様々なかたちで仕返しをしたとしても
カルマが変わっていない故、また、嫌悪が背景にある場合は
それが、正当な意見であったとしても、
決して対象は、納得してくれないものです。
また、抵抗出来ない場合は、
ひたすら、心の中で嫌悪する、
嫌だな、嫌だな...会社に行きたくないな...
あの人がいるから行きたく無い...
帰宅しても会社でも、嫌悪の心をくり返し、考える。
その心のカルマによって、
対象はますます、嫌悪を察知し、自己に対して嫌悪の念を向けてくるのです。
では、一体私達は、どうしたら良いのでしょうか?
まず、
他を変えようと考えてはいけません。
自分が変わる事によってのみ、他は変わることを知るのです。
全てはカルマ、自分の心の働きから発生しているのですから、
まず、対象の行為、自分を嫌悪することを
許してあげる 認める
「これは、自分のカルマなんだ」
そして、難しいことですが、
対象の幸福を願う 
嫌悪の反対の心は 愛 ですから、
嫌悪され続けても、愛の心で接する。
そうすれば、必ずいつか対象の嫌悪は改善されるはずです。
そればかりか、
嫌悪されても、愛の心を投げかける事によって、
今後、自分はどの環境で、どのような人が現れても
また、嫌悪の念を持たれたとしても
愛の心は常に投げかけられるわけですから
環境によって苦しみを感じる事は、つまり、今後一切なくなる
素晴らしい魂に成長できるのです。
これは、本当に素晴らしい事ではありませんか?
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by atelier-kuh | 2010-03-26 10:51

百戦錬磨

(^^)四字熟語、別に好きなわけではないのですが...
最近のタイトルに、よく使っているな〜と思って振り返りました。
大抵、PCに向かい瞑想状態によってなんらかの、インスピレーション?というか
私は直感と呼ぶのが、ふさわしいかな〜と、思っているのですが...
そんな状態で、タイトルが決まり(^^)
そこから思うままに、記事を書いているのですが、読み返して自分でも
なるほどね〜
なんて、思う事もしばしば(笑)自分が書いているのにちょっと面白いです☆

さて
百戦錬磨も、そんな状態で思いついたのですが (^^)
意味は
かずかずの実践や経験を積んで鍛えられていること。
(例)百戦錬磨の強者
(広辞苑より)

結構、この言葉は好きです(^^)

自身、百戦錬磨とまではいきませんが、
数々の経験は、自己の鍛錬と繋がっているというのは
日々感じているところです。
人間関係も然り...
仕事に関しても然り...
いつの頃からでしょうか?
自分でもはっきりとは自覚していませんが、
自分に与えられた環境が、まさに鍛錬、修行の場☆のように、感じたり
実際になったりしたのは...

時々、ご褒美があったりするんですよ〜これが...
まさに、
「はい!頑張ったね☆」
と、言われているかのような状態
もちろん、現実的に物質が恵まれたり、思いがけずに旅行などに行けたり、嬉しい出来事が起こったり...
それまでの状況とは、打って変わっていきなり、前が開けて行くかのような
そんな出来事。

といっても、日々さほどのストイックな生活を強いているわけでもなく、
ごくごく普通に戒律を守り、良い事を出来るだけ行い、悪業からはなれる...
ということを、心がけた生活をしているだけなのですが...

百戦錬磨

自分を鼓舞し、どんな状況においてもめげる事無く、
突き進む

そんな意識を継続したいと思う時には
大変、役に立つ言葉かな
と、思います。

百戦(←自身は、あまり戦いは好みません ^^;)
が、錬磨につながるなんて、凄いですね!!
(錬磨→ねりみがくこと、深く、精神.技芸.学問などを磨く事)

それは、なにものでもない、完全な自分の財産になることを表します。
自己の経験が、イコールそのまま自分の魂を磨くことに繋がるのです。

新社会人のみなさんが、そろそろ
活動を開始される、季節がやってきました。

若さ溢れる、フレッシュマンたちの底知れぬ、エネルギーと
恐れを抱かず果敢に突き進む、その計り知れないパワー!

試されるのは、いざ、独りで立たされる時
良い時も、悪い時も
楽しい時も、そうでない時も、
未知なる世界に飛び込む瞬間、百戦錬磨という言葉とともに
自らの勇気をもって、
「経験」という、自己の鍛錬に励まれることを祈って!!

今日のワンポイントヨガ
☆魅力的な人になるために☆

素晴らしい人を見て、
「あんなやつ、たいした事無いよ!」
「そうでもないよ、あの人は欠点もたくさんあるよ」
ついつい、私達は、良き人、優れた人を見て
嫉妬の心から、素直に称賛することができないものです。
自分もそうした事があるし、他人のそのような言動を見た事のあるという人も
多いはずです。
しかし、その素直に称賛する事が出来ないがゆえに
人間は成長できないと、言えるのです。
実は、称賛とは非常に素晴らしい恩恵を私達にもたらしてくれるのです。
それは、なぜでしょうか?
優れた他を称賛する事は、その対象の優れた長所を
自分自身も身につける事ができるようになるからなのです。
逆に、
称賛に値すべき点を、嫉妬するなら、
私達は、対象の長所を得る事ができなくなります。
たくさんの魅力、長所に溢れる人は
過去において、たくさんの人たちの長所を、
称賛して来た結果なのです。
逆に、長所が少なく、魅力に乏しい人、
卑屈な人というのは、たくさんの人の長所を嫉妬し、
否定して来た結果なのです。
少しの事でも、他人の長所を見つけたら、
言葉でも、心の中でも良いので、
心から、他を称賛する訓練をしてみませんか?
「○○さんの△△は本当に素晴らしいな〜☆本当に素敵だな〜☆」
と、さあみなさん!この称賛の実践によって、
長所溢れる、魅力溢れる自分自身に
さらに、成長する事は間違いありません!
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by atelier-kuh | 2010-03-25 10:46

輝く内面

本当に尊敬に値する人
心から敬愛する人

いらっしゃいますか?

「尊敬する人は誰ですか?」

よく街角アンケートなどでも有りがちな
オーソドックスな質問。

「○○です!」自信満々に即答できる
「う〜ん○○かな...?」じっくり考えて、思い浮かぶ人を揚げる

どちらでも、尊敬できる人物がいることは、
とても素敵ですね☆

私は近年、
あ〜この人は素晴らしい人だな...^^
人格的に優れていらっしゃるな...^^
そう思える方に何人か、出会いました。

みなさん、
共通しているのは、
ごくごく「普通」(←普通の観念にもよりますが ^^;)
見た目も決して派手ではなく
身なりもどちらかというと質素。
女性でしたら、化粧っ気があまりなくて、一切気取ったところが無く、
気さくで親しみやすい。
男性でしたら、プライドの高さを微塵も感じさせないほどの、
低姿勢、
そして発言から態度から、何から何まで、
皆さん、とても謙虚。
さらに、親切で明るく、日々の生活では忙しくされているのに、大変優雅な落ち着き...

なんといいますか、
物腰がソフトで、一切の自慢が無く
人の話をしっかりと聴き、まっすぐな心は視線をそらさず
瞳はきらきらと輝いて...
常に先を見据えている。

巷ではオーラとか?
オーラがあるね〜なんて、台詞よく聞きますが...
そんな人間の発するものとは全然ちがう、
内面から滲み出るような
輝き☆

特に
私が尊敬する方は、謙虚をそのまま人間にしたかのような 笑
立ち居振る舞いでありながら、
意識は大変、広大で雄大かつ、深遠なる慈愛に満ち満ちて。
なのに、
全然、見た目は
普通(失礼?!)なんです (^^;)

結論!
本当の人格者(凄いと思われる人)は、外側を着飾る必要が無く...
(ある程度の清潔感と嫌悪から離れる程度の身なり、もしくは、トータルの外側)
偉そうである必要も無く...
凄いと言ってもらいたそうでも無く...(笑)
わざわざ、人が楽しそうだなと思うような行動を選択しなくても、
(踊ったり、歌ったり、食べたり、呑んだり...etc.)

あるがまま、そのままで本当に幸せそうな人
いや、実際に幸せな人

そんな気がします。

そして、そういう人を実際に見て、会うことができる
この、自分に繋がっているご縁にも
心から...
感謝☆

エゴから離れると、人はクリアになり、とても美しく
輝く内面の光を放つと、
そう感じました。

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガの目的☆

ヨーガって美容と健康ですよね?!
ヨーガブームで、多くのヨガ人口が増えても、
ヨーガがたったそれだけのものであると考えている人は
多いはずです。
ヨーガを支えるインドの最古の聖典
「ヴェーダ」
そのヴェーダの中の奥義書、
「ウパ二シャット」には、このように記されています。
魂は、カルマ(業)によって、生死の輪廻を繰り返すが、
瞑想や修行に励む事によって、真理を探究、把握し、
輪廻から抜け出し、常住にして不滅なる世界に
安住する事が出来ると。
なんと、ヨーガの目的は、美容や健康は付録で、
人間以下の苦しい生存を離れて、輪廻転生の世界から
抜け出す事が目的とされていたのです。(輪廻転生の世界→六道輪廻の世界)
ヨーガの根本であるヨーガスートラにも、
最初の最初、第一章では、
ヨーガの定義が、記されています。
「ヨーガとは、心の働きを止滅する事である」
第一章 二には、
「心の働きが止滅された時は、真我(私達の魂の本質)は、純粋観照者たる真我が、自己の本態にとどまることになる」
ここで、注釈が入りますが、真我が自己の本態にとどまる事を、
[真我の独存]の実現と表現し、
すなわち、輪廻から解脱することであると記されています。
このように、太古から伝わるヨーガというものには、
深遠なる意味合いが含まれているのです。
(※お薦め参考資料 → NHK製作 「チベット死者の書」 DVD)
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by atelier-kuh | 2010-03-24 10:40

以心伝心

わ〜☆意思した事が伝わった(@@)♪
こんなとき、
[以心伝心]よく使われる言葉ですね〜♪
こちら、仏教用語でもあるんですって!(私は無宗教ですよ ^^)
[以心伝心]... 禅家で、言葉では表されない真理を師から弟子の心に伝える事。
一般的な意味は、
思う事が、言葉によらず、互いの心から心に伝わる事。(広辞苑より)

先日のブログにもちょっと書いたのですが、
言葉で伝えきれる事に、限界を感じる...
テレパシーとかいいな☆

この以心伝心も
言い換えれば、テレパシー?!

ヨーガをやっていると、とっても鍛えられちゃう気がするんですよね...☆
この↑言語以外の感覚器官による思考の伝達、というか
いろんな分野における神秘的な能力☆
神秘的な...というと
ちょっと、現実から遠くはなれた出来事のような感もするのですが、
そうでもなくて、
普通に生活していて、デジャブとか、シンクロとか、野生の感とか(笑)
そういうものを感じたり、体験したりすると思うのですが...
それが、頻繁に起こる
または、そんな事ばかり...^^;

そうなると、
日常の生活は、至ってシンプルになります。

必要以上の会話が要らない...
とか、
情報をあまり必要としない...(必要なものは必要な時に入ってくる)
とか、
余計なことにいつまでもとらわれなくなるので、時間を有効に使える...
など

でも、
もともと、人間は現代のような、情報化社会に生きていたわけではないので
このような能力や現象は、普通にあって、当たり前...
一人一人に完全に備わっていて当然!
なのかも、しれないな...と、思ったりもします。

以心伝心に、関しても
よく、長年連れ添ったご夫婦の間では
当たり前のように起こりうる現象ですよね?
いつも一緒にいるんだから、わかって当然?!って感じ、しませんか?

では、
これが、長年連れ添った夫婦じゃなくて
ついさっき、出会ったばかりの人、であったり
今、目の前で話している人、であったりしたら...

ちょっとビックリしますよね〜?(@@)!!

なんで???

って、すこし心が動揺しちゃったりして(^^)

ところが、ヨーガの世界では
空気が振動して、言葉を伝えているという理論から
その人の思った事、イメージした事はアストラルという振動の領域から
現象の世界に投影され、そのヴァイブレーションによって人に伝わる
という、解釈がなされるので、不思議な事ではない...といえば
そうなんですが。
(もちろん、背景には功徳を積むという実践が多いに関係してきます♪)

実際、経験しちゃうと最初は戸惑ってしまうのが、
こちらも当然といえば、当然...

慣れてしまうと
こんなに楽な事は無いんですけどね。
これに、慣れてしまうと、いざ、言葉で表現しようとすると
やっぱり、その限界を窮屈に感じてしまうのは
仕方が無い事なのかな...^^;

もっともっと
周りにも以心伝心できる、
人本来の能力に目覚めた人が増えるといいな〜☆
と、これは独り言...(^^)

私もまだまだ、完全に能力開花した状態とは言えないので
ますますの努力(?)は必要なのですが(笑)

他の幸福を祈るヴァイブレーション

一人一人がいつも、心に抱きながら
自然とそれが伝わって
みんなが心温かく、安心して過ごせる世の中になったら
どんなに素敵なことでしょう☆

今日のワンポイントヨガ
☆自在に生きる術とは☆

全ての人が自分の思った通りに生きたい、願望通りの人生を歩みたい
そう願ってやみません。
しかし、
意志に反して、なかなか思い通りに人生はうまく行かないことも
多々、ありますね。
巷では、
願望達成の本が多く出回り、その多くが、
潜在意識に肯定的なイメージを植え付けたり、肯定的な発言によって
願望を達成させようと指導していますが、なかなか結果が出たという声を
聞いた事がありません。
では、一体それはなぜなのでしょうか?
その願望達成法は間違っているのでしょうか?
ヨーガの理論でいえば、
それは、半分正しくて、半分は間違っている。
もっと突き詰めれば、論理が、方法論が、
欠落していると言えます。
潜在意識の領域に肯定的な発言、願望を繰り返し
言葉に出す、イメージすることでインプットする
この方法は正しい事です。
しかし、それをダイレクトに現象させるためには
功徳という、光のエネルギーが最重要になるのです。
つまり、
映画に例えますと、フィルムがあっても、光源(映写機)
がないと、スクリーンには映像が映らないように、
功徳という強烈な光源がなければ、
私達が、この世でいくら言葉で願望を口に出しても、
イメージしても、現象化することはありません。
潜在意識は、フィルムに相当しますので、
願望を何度も唱える事、イメージする事は、
良いフィルムを用意している、準備段階と言えるのです。
願望が全く叶わない、意思通り生きられない、
あと一歩で願望が達成されていないと、感じる方は
これから、たくさんの人たちに、
常に良き心で接し、良き言葉を語り、良き行為を積みあげるなら、
その功徳は増大し、意思した願望、思い通りの人生を
歩む事が出来るのです。
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by atelier-kuh | 2010-03-23 09:46

健康であること

いくつになっても健康を維持している人
素晴らしいです☆

肌もつやつや☆ピカピカで
背筋もしゃんと伸びて
言葉もシャキシャキと語り
瞳もきらきらと☆

誰がどこからみても
「健康」といえる
その姿!
とても美しく、格好いいですね(^^)

でも、
以外や以外!?
そういう方に限って
過去に大きな病気をされて
生死の境を彷徨ったとか、以前は虚弱体質でした!
なんて方が多いのは偶然?!とは考えにくい...
そもそも
健康でいる、ということは
当たり前のようでいて
当たり前ではないこの、世の中!
当たり前のように健康を維持しているというのは
やっぱり、その裏側に
その人なりの努力が存在しているのかも...

健康の秘訣は?!
なんて、よくインタビューされていたりする、
つくられた食品関係のCMではありませんが、
個々において
適度な運動
食事の配慮
気分転換
...
その他諸々、いろいろあるのでしょう!

昔は、
食べるものも粗末な食事しかなかったけれど
ひとつひとつにしっかり
大地と太陽の恵みがぎっしりと詰まっていたから...
なんて、お話も伺った事があります。
確かに今は
人工的に管理された生産システムの中で育てられ
決められた流通手段にのっけられて
食卓に届く食べ物たちには
一昔前の、それらとは比べ物にならないくらい
(栄養価という意味合いにおいて)
人への恵みは低くなっているのかもしれませんね...

食べ物ひとつ、とってみても
人ひとりの健康を維持するのには
努力と工夫が不可欠な時代なのかも...?
と、感じます。

成人病は、大人だけがなる病ではない、とも言われている時代です。
100パーセント、ならないようにするのは無理だ、なんて説があるとも聞きました。

でも
誰もが望む、健康と長寿

今、健康である人は、これからも健康であるために
過去、健康を害した人は、未来は健康であるために
そして今、すでに健康とはいえない状態にある人は
必ず
健康を取り戻せる日が来るように
そして
健康をもうすでに、諦めかけている人は
もういちど、健康になることを信じて

今一度
自分に何か出来る事は無いのか、
健康であるとは、どういうことなのか...
真剣に考えてみるのも、大切なことなのではと、思うのでした。

きらきらと
輝く笑顔で、生き生きとお話しされる
高齢の女性を眺めて...

今日のワンポイントヨガ
☆潜在意識と食欲☆

私達は、小さい頃から、たくさん食べると褒められました。
「偉いね〜♪もっと食べなさい!^^」
特に男性は、育ち盛りにおかわりをしないと
「どうしたの?体の調子が悪いの?」
なんて、母親に言われた経験もあるかもしれませんね。
私達は、知らぬ間に、たくさん食べる事は良い事!
健康になるし、体力もつくんだと、潜在意識に根付いているかもしれません。
その証拠に、バイキングなどで、たくさんの食べ物を目の前にしたら、
心に喜びが生じたりする人が多いはずです。
では、ヨーガの見地からみたらこの大食をどう捉えているのでしょうか?
ヨーガでは、私達の肉体や精神を維持しているのは、
プラーナ(気、生命エネルギー)で、このプラーナの保全を
大変重要視します。
また、
体温を上昇させることが、私達の精神を明るく、ハイにしたり、
また、活動的にしたりすることがわかっていますので、
エネルギーを下げる事を極力避けるのです。
大食をした場合には、
胃の中で食物を消化するのに、たくさんのプラーナ、
熱エネルギーを消耗してしまいます。
大食した後は、必ず、体が冷えたり、エネルギー(気)が下がるので、
眠気に襲われたり、実際に寝てしまったりします。
ヨーガの経典に節食が説かれているのには、
このような、きちんとした論理が指し示されているのです。
ヨーガを知らない人は、大食を好み、冷たいものを躊躇無く摂り
知らず知らずのうちに、体を冷やし、
生命エネルギーをロスしているのです。
ヨーガに熟達した人は、
たくさんの食物が並んでいるのを見て
「嫌だな、体を冷やすな...プラーナをロスするな」と、
即座に心の言葉が湧いてくるのです。
これは、潜在意識のレベルで
大食を忌み嫌っている素晴らしい状態です。
もし、たくさんの食物を見て
心が喜ぶようなら、
「大食はうれしい!大食は喜びである」と、
潜在意識が認識しているのです。
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by atelier-kuh | 2010-03-22 15:25
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