atelier 空 kuh

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恵みの雨

朝から、雨になりました。
春先の雨は、まだ肌寒く、ひんやりとした感じがします。
眠い目をこすりながら、外を眺めた時はまだ、雨は降っておらず
明るい日差しが差し込んでいました。
「降りそうかな?」
天気予報は、残念ながらはずれの時が多いので(笑)あまり見ないようにしているのですが、
今日は、窓を開けたときに、ぱらぱら来そうな予感がしました。
今日の予報は当たり、でした☆

地面に落ちる雨の雫は、雪が溶けて顔を出した様々な生き物たちに
多くの恵みをもたらします。
黒土の地面は、ゆっくりと雨を飲み込み
奥深くへと雨水を浸透させます。

人間には冷たい雨でも
多くの生き物達にとってはまさに
恵みの雨

そして、その恵みを受け取った生き物達から
私達、人間も多くの恵みを受け取って...

ぐるぐると巡り巡って、私達も
天から大いなる恵みを受け取る形となっているのですね(^^)

先日、みずみずしい野菜と美味しそうな果物が
我が家に届けられました。
まだ、土がついたままのお野菜は、
生き生きと色つやも良く、
見るからに新鮮そのもの☆
このようなものも
天からの恵みに他なりませんね(^^)

有り難い気持ちで、頂きました!!

これから、大地の草花たちの緑は色濃くなり、
多くの生き物達が、これら植物の恩恵にあずかろうと、あちこちから集まってきます。

冷たい雨も
見ようによっては、きらきらと輝く素晴らしい恵みの雨なのですね。

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガで不死になれる?!☆

これを飲めば不死になると言われる、
神々の飲み物があります。
それをヨーガでは、ネクターやアムリタ、
仏教では甘露と呼ばれています。
これは、ギリシャ神話でも神々が、不老長寿になる神秘の酒として
ネクター、ネクタルという名で登場します。
仏教経典でも、この甘露(アムリタ)を得ることが出来たら
解脱に至ると記されているくらい、神秘的なものなのです。
もちろん、
インド神話、ヨーガの経典にも登場し、
ある段階のステージに到達しますと、
頭頂部から、このネクターが滴り落ちるとされているのです。
ヨーガの実践で、ネクターを得ることが出来たら、
どんなに素晴らしいことでしょうか?
本当にそんな不思議なことがあるのでしょうか?

確かめたい人は、
ヨーガにチャレンジです!
ちなみにネクターは不二家の商品名の由来ともなりました。
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by atelier-kuh | 2010-04-20 11:29

知性

知的な印象を与える人、とても素敵です☆
ただ、そばに立っているだけで、その知性が醸し出されるかのような、
存在感、その佇まい...
実際、お話してみると
その印象は、単なるイメージでは無いことが証明される。
そして、期待が裏切られることがなかったことへの、感謝☆
(^^)こんな素敵な人と出会えた喜び☆

こうして、人との出会いに、数々の感動を覚えながら、
世の中には本当に素敵な人がたくさんいらっしゃるのだな〜♪
と、しみじみと...感慨深く納得するのですが、
その度に、
「まだまだ、いるはずだ!!」という、(根拠の無い私のカンのようなもの^^;)
期待にますます、胸が高鳴ります(^^)

今日、
こちらに書いたこの「知的な方」は、
私よりも一つだけ、年が上で独身☆
見た目の印象は、
本当にお若く見えて、実際、実年齢よりはるかに若い!
背筋はす〜〜〜〜っと伸びて、この人の猫背は見たことがありません。
すらっと伸びた背中は、360度どこから眺めても、
上から、まっすぐに伸びた紐に引っ張られているかのような、印象。
立っても座っても、姿勢が崩れることはありません。
お話し口調も、大変丁寧☆
ゆっくりと話すペースは、ハキハキと語尾までしっかりと響き、
語彙も豊富。
様々な分野において、読書をされ、知識も幅広く、
私もたびたび、多くのことを教えていただきます。
本当に、一緒に居るだけで勉強になります。

お仕事はボディトリートメントを主にされて、
他にもカイロプラクティック、ハーブ...etc.
ボディとメンタルの両面においての知識は、大変幅が広い方です。
美しい容姿とはうらはらに?!さばさばとした?!性格も
同性にも人気です。

常に
ご自身をも、冷静に見つめる、その内面的な視野は広く
一緒に居るものを惹き付けます。
この方の語る言葉は、時に
自分自身を語りながら、聞くものの内面へと意識を向けさせます。
そして、
自分とは何か?
自分のやるべきことは何か?
いま、何が必要なのか?
という様々な問いを、投げかけさせてくれます。
そして、自分自身で解決して行く糸口を見つけるよう、導くのです。

人は生まれながらにして、自分自身で道を歩んで行く「力」を持っています。
そのことを、自然にナビゲーションしてくれるのが
この方の持っている、素晴らしい知性なのだと感じるのでした。

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガとうつ☆

現在、国内のうつ病患者は100万人。
潜在的には、600万人いると厚生省では、発表しています。
世界有数の物質文明、経済大国であっても
心の病に悩まされる人は、大変多いのですね。
一般的な治療では、
抗うつ剤の投与。精神を明るくしたり、安定させたりする物質を
外から、吸収する形となります。
しかし、
心の問題から発生したものが、薬物の投与だけで
真に解決されるのでしょうか?
ヨーガでは、うつに対して、
どのような見解をもっているのでしょう?
ヨーガの世界では、精神的な病も、肉体的な病も、
論理的な解析、アプローチによってその病からの脱却を試みます。
なぜなら、ヨーガでは、
全てはカルマから生じるもので、その原因を取り除くことによって
病から解放されるという道を選択するからです。
うつは、
精神が暗くなったり、不安定になったり、無気力になる症状がみられますが、
これは、明らかに、
功徳が無い状態を、表しているのです。
功徳は、私達のアカシックレコードと呼ばれる、
原因(カルマの根本のある領域)に光として存在しています。
暗闇では、心が不安定になるように、
功徳が無ければ、心は暗く、不安定になります。
最高の治療法は、
徹底的に功徳を積み、光を増大させることで、一気に解決します。
もともと、心から生じた病を、投薬によって治すという考え方は
大変大雑把な論理ではないでしょうか?
心から生じたものは、心に対するアプローチによって治す方が、
より、根本的解決だと理解出来ます。
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by atelier-kuh | 2010-04-19 10:12

深呼吸

深い呼吸と書いて、深呼吸。
今日は、午後からぱらぱらと雨が降りましたが、
夕方には澄んだ青空に、美しい夕焼けが...☆

空気が綺麗になったような、夕暮れ時にふと、
ゆっくりと深呼吸。

ふか〜く吸って
ゆっくりと、ふか〜く吐く

この呼吸には、心身ともにリラックスさせる大きな効果がある

そして、
呼吸は人間の命を繋ぐもの

この
吸って
吐いて
が、出来なくなると
人は通常...
生きてはいけなくなります。

す〜は〜...(^^)

生まれた時から一体、何回の呼吸をしてきたのでしょうか?

遠いはるか昔から...
人は呼吸を繰り返し
生命を繰り返し...

美しい夕日の残光を眺めながら
始まりとてない、無限の宇宙に想いを馳せて
ゆっくりと...。

深い呼吸の音に、
魂に響く静かな声に耳を傾けて
これからはじまる、美しい春のうららかな季節に
期待を込めて...☆

立ち上がれ!
輝く生命
目を覚ませ!
聖なる息吹

これからやって来る春に
胸躍らせて...☆

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガと禁煙、禁酒☆

ヨーガの中で最も大切なパートは、
呼吸、あるいは呼吸法と呼ばれるものです。
これは、特殊な呼吸法などで、ナーディーと呼ばれるエネルギーの通り道や、
肺などを浄化します。
そして、ナーディーが浄化されると、
気が上昇し、私達の心身は明るく軽快になっていくのです。
その、延長上に超健康体、そして神秘的な能力、
神々の道が続いているのです。
しかし、もし、喫煙をなすなら、肺を汚し、
喫煙そのものが、一瞬にして血圧を低下させ、気が下降します。
つまり、
ヨーガの見地からみますと、
喫煙は、上昇の道と真逆な行為にあたるのです。
また、禁酒も低いチャクラが開き、私達の精神集中が濁ります。
または、アルコールを摂取するカルマは、
突飛な失敗を招くのです。
真に心身が安定している人は、アルコールを必要としません。
アルコールを必要とする人は、
強いストレスや、内側の不安定さが原因であるのです。
ヨーガの実践でストレス、心の安定を得た人にとって、
喫煙も飲酒も必要なくなるのです。
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by atelier-kuh | 2010-04-18 18:48

直感!

直感!って、誰でも持っていますよね?!
信じますか?
心に、びびびび〜〜〜っと感じること、ありますか?

私は、人生のほとんど...
この直感を信じて生きてきました。
直感だけを、信じて来たと言ってもいいほどです(笑)

あと他は、ないのか?
と、聞かれたら...
う〜ん...

何を隠そう、今までの人生の中で
この直感に救われた出来事が何度も、何度もありました。
救われた、というのは...命が救われた、っていう経験も含めて...。

特に霊感(一般的に言われる、霊を見たとか、見えるとか)は、
あまり?というか全く(^^;)ないタイプで、いわゆるお化けの類いには
お会いしたことはありません(笑)

そういったものではなく、
本当に些細な出来事から、
後から考えたら結構、重大な出来事に至まで、
その一瞬の、直感判断が重要なキーになっていたことが
振り返ってみると本当に多いのです(^^)

それに加えて
割と、自分の意志を通す性質(^^;)
良いのか悪いのか?!
思ったことはすぐに行動に移し、試したい性質...(^^;)

この直感が、正しかったと思える経験の繰り返しが
自分を導く「直感」を更に鍛える、更に磨きをかけることに、繋がっている気がします。

これは...
ほんのちょっとだけ、自慢☆になってしまうかもしれませんが
神様から頂いた、貴重なプレゼントだと...
心でにんまりと笑顔になってしまうほどの
何にも代え難い、贈り物だなと思っているのです☆

でも、きっと
それは誰にでもあって、人間なら誰しも持っている、
いや
生まれながらに有してる能力☆

うまく使えていなかったり、
気がついていなかったり...

心を鎮めて、
内なる声に耳を傾けることを心がければ、
忘れている人も、気がついていない人も、
自然と取り戻すことが出来るはず。

欲望という、荒波から離れた静かな心は
本当に必要なものを、私達に与えてくれる

ひとりひとりの
静かな心は
まわりの人の心にも、大きな影響を与える

善行を行う人の心は
穏やかで
静かな凪のように
温かい幸福で、満たされている

全ての人が求めているものは
物質では無く
心の平安では、無いのだろうか...

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガと地獄の世界☆

ヨーガは単なる美容体操ではないことは、ご存知ですか?
地獄の世界は、仏教思想が発祥と思われがちですが、
仏教の何千年も前に、ヨーガの根本をなすインド哲学では、
地獄は説かれていたのです。
生き物を多大に殺生したり、
人を殺すことによって、永遠にちかく長い期間、地獄に堕ちる等、
現代人が聞いても多くの人は、信じることはないでしょう。
しかし、末期がんなどで神経ブロック等の治療を施したり、
1日何十本ものモルヒネを投薬しても、
苦痛から逃れられない人も、多数いるのです。
または、幻肢痛など、切断等で失ったはずの肉体の箇所が痛いなど、
現代の医学常識では、考えられない病や、
または、いかなる最先端の技術をもっても
苦痛から逃れられない人はたくさん存在するのです。
ヨーガでは、
他を苦しめた、他を傷つけたカルマがある場合、
肉体が滅されたとしても、
ナラカ(地獄)で、カルマの清算を受けると説くのですが、
これらの現象の観察から、
全くの迷信とは考えにくいと智慧ある人は考えるかもしれません。
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by atelier-kuh | 2010-04-17 16:23

見た目

人は見た目の美しいもの、綺麗なものに
心を惹かれます。
美しく咲く花、磨かれた彫刻、綺麗に細工が施された工芸品...などなど
見た目の美しい女性に憧れを抱いたり、
世で言う、「イケメン」アイドルなどを追いかけたり。

私も、美しいもの、綺麗なものは何時間でも眺めていたくなるほど
心の奥深くからの感動を、じっくりと味わいたい方です。
その、創造過程に想いを巡らせ、作者の神業に畏敬の念を抱くのも、
楽しく穏やかな時間です☆

美しくて綺麗で、お洒落で格好良くて、素敵☆

これが、人間への褒め言葉だったとしたら、
言われた方は嬉しくて舞い上がる?!
それとも、そんなに褒めたって、何も出ないわよ!と、思ったり?!
これほどの賛辞を受けたことは、正直...記憶には無いので(残念!!^^;)
言われた人の立場は想像でしかありませんが、
嬉しいことには変わりないですよね?きっと...
ですので、このような見た目の方にであった時は、惜しみなく賛辞を述べよう!
とは、思っています。

話はちょっと変わって...

昨日のブログで小さい頃に、よく絵本を読んでもらったと思い出したついでに
「美女と野獣」という、お話し。
ディズニー映画でも、ミュージカルでも有名ですよね!
お話のあらすじは、置いておいて。
あのヒロインがもし、見た目で野獣の王子を判断していたとしたら...@@!
話は進まない...^^;
というか、そこでお話は成立しなくなってしまうのですが(笑)
「怖い!」
「恐ろしい!獣!!」
「醜い野獣!」「汚い生き物!!見るのも嫌!!」
...etc.
野獣と呼ばれる生き物の見た目に、強い嫌悪を抱いたとしたら...どうなっていたでしょう??

でも、ヒロインは心が綺麗でした☆
見た目の恐ろしさより、優しい内面を見つけ出したことにより
話は
めでたしめでたし☆

では、もし
美しいもの、綺麗なものにばかり、価値をおいていたとしたら...
その内面の奥に潜む輝き、またはその本当の中身に気がつくことは、
おそらく、なかったと思います。

極端な例ですが。

ここに乞食のような格好をした、みすぼらしい、老人がいたとして。
待ち行く人は口々に、
「汚らしい」「薄汚い」「どこか別のところに行けば良いのに」...等
嫌悪の言葉を投げかけます。
ですが、老人は耳が聞こえないのか...?その言葉に何一つ反応しません。
黙ったまま、一身に何かを祈っているようです。
そして、
そのすぐそばに、今はやりの格好で身を包み、
頭のてっぺんから、つま先まで一部の隙も無いほどに美しく着飾り、
多くの人にちやほやされながら歩く、一人の男性がおりました。
周りの人は、彼に、媚でも売るかのように様々な、美辞麗句を並べ立て、彼に捧げています。
そのとき
彼は、自分のポケットに入っていた紙くずを、ポイと道路に投げ捨てました。
彼の周りにいる人は誰も、その行為には気がつきません。
捨てられた紙くずは、小さなものでしたが、道行く人に踏みつけられ
汚い泥のついた状態でべったりと張り付き、道を汚しました。
やがて、その汚れた紙くずは、泥にまみえた骨張った手によって、綺麗に取り除かれました。
先ほどの、老人の手によって...。

老人は、何も言わず、くずかごにそのゴミを捨てました。
この老人の手は、道行く人々が落として行くゴミを綺麗に片付けることによって
泥だらけになっていたのです。
果たして、
どちらが人として、美しい心を持ち合わせているのでしょうか?

答えは簡単ですね☆

これは、小学生に「本当に綺麗な心を持っている人とは?」というお話で
実際に使われた例なので、対象がわかりやすいように極端な比較になっていますが、
なかなか現実に、身近な例として実感することは少ないかもしれません。

このお話の補足として、
この老人は、祈るように...ではなく、実際にこの世の全ての人たちが
どうぞ幸せになりますようにと祈っていた。という補足があります。
(答えに迷う子がいた場合のヒント^^)

私は、
このお話は、子供だけでは無く、大人に向けても大事な視点だな...
と、感じました。
私達は、世の情報に流され、流行のもの、美しく着飾った素敵なものを追いかけがちです。

それが、本当に必要なものかどうかも考えず、欲望にかき立てられるままに手に入れようとし、
そして、綺麗な格好をしている人、紳士のように見える人のいうことは
もっともだと、何の疑問も抱かずにその言葉を鵜呑みにしてしまいがちです。
でも、
それは真実が見えている状態といえるのでしょうか?

子供の素直なこころに訴えかけるのはもちろん、とても重要です。
それと同時に、その子らを正しく育てる義務のある周りの大人も、
本当に大切なもの、大切なことを見極める
「ホンモノの見る目」を養うこと、それを大切にすることを、
今よりもっと大事にしなければいけないのではないかと、
心の底から思うのです。

見た目の美しさは儚いものです。
心の美しさは、磨けば磨くほど永遠の輝きを保ち続ける、
素晴らしい財産になるとはいえないでしょうか?

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガと老いについて☆

人は生まれ、そして必ず老います。
そして、人は老いを忌み嫌います。
しかし、この年を取るということそのものは、
私達に不利益を与えるわけではありません。
年を取るが故に生じる、いろいろな諸現象(しかもこれは、私達が若い時に為して来た諸現象)
が、私達に不幸をもたらすのです。
例えば、
ものが考えられなくなる、記憶力が悪くなる、肉体的に活発に動くことが出来ない等、
老いに伴って、生じる現象は不利益を与えてくれます。
しかし、もし、皆さんが
ヨーガの実践を行うならば、
皆さんは、逆の経験をすることになるでしょう。
つまり、記憶の増大、智慧の増大、心身のはっきりとした働きなどです。
全てはカルマによって生じますので、皆さんがまだ若くて健康な時に
ヨーガの教えによって、良い心、良い言葉、良い行為の積み上げを行うことによって
一般の老いの苦しみから、解放されていくのです。
智慧無き魂は、今のこの時を怠惰に過ごし、来る老いのよって苦しみを経験し
智慧ある魂は、今、この時を大切にするのです。
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by atelier-kuh | 2010-04-16 10:26

小説のように

小説
最近は、あまり手にする機会が減りましたが...
本がお好きな方、世の中にはたくさんいらっしゃることと思います。
どのようなジャンルがお好みでしょう?

小さい頃は童話が好きで、よく両親にせがんでは
寝る前に読んでもらったものでした。
一番人気は、「シンデレラ」☆
次は、「白雪姫」や、「眠れる森の美女」など、世の女の子の例にもれず、
お姫様シリーズが大好きだったようで...(^^)

学生時代は、本など手にする暇もなく?!
大人になってから、小説やエッセイなどさまざまなジャンルの本を、読むようになり
活字の表す世界にどんどん引き込まれて、時間を忘れて読みふけったこともありました。

小説も、いろいろありますが...
ストーリーの起伏にとんだ、お話は飽きることが無く、
あっという間に、イメージが織りなす不思議な世界に入り込みます。
本を閉じると、その世界の扉も閉じる...開くとまた、扉もひらく...

本を読んでいる間、経験しているものというのは、一体なんでしょう?!

個人の人生はまた、小説より奇なり...なんて言葉もあるように、
山あり谷あり...
起伏に富んだ様々な出来事が待ち受けています。
それは、本当に小説等とは比べ物にならないくらい??!!

何を持って、
起伏に富んだ...とか、山あり谷あり...などと表現するかといえば
その個人の感じた「感情」なのかな?と思いますが、
驚くべきことに出会ったり、想像もしていなかった出来事に遭遇したり...
または
想像はしていたけれど、その結末が予想以上にショックをうけるものだったり...
などなど
小説の中のことであっても、現実人生における実際の出来事であっても
個人の受け止め方によって、そのドラマチックな展開は
刺激的でもあり、また逆に、たいしたことのない事であったり...

なにはともあれ、
この世界中にいる人口の、各個人の人生を覗いてみたとしたならば...
それはそれは、それぞれが、それぞれに、
「人生は小説よりも奇なり」を、実体験されているに違いない...などと、
遥かなる想像の世界に心を寄せ、
現実と妄想の世界の分け隔てのない狭間で、
不思議な感覚を味わってみるのでした☆

今日のワンポイントヨガ
☆ユングとチベット死者の書☆

心理学といえば、フロイトと並んで、誰もが知っている心理学を確立した高名なユング。
このユングが絶賛した一冊の不思議な書物があります。
それは、
「チベット死者の書」と、呼ばれていて、
人が死んだらどのように生まれ変わるか、
どのような光が現れ、どの光に入れば苦しみの世界へ落ち、
どの光に入れば幸福な転生が得られるのか、
克明に記されたチベット密教経典なのです。
ユングは、これを「魂の秘密を解き明かす生涯の伴侶に出会った」と絶賛し、
当時、ヨーロッパで話題になったのです。
(このチベット死者の書はNHKによってシリーズ化され映像になりました)
心理学だけではなく、精神科医でもあったユングは
そのような見地から、生まれ変わりが単なる迷信では無いという立場を取っていたのです。
また、ユングは、密教だけではなく、
ヨーガのクンダリーニやチャクラの研究も行った事でも
有名です。
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by atelier-kuh | 2010-04-15 10:06

柔軟な思考

年を重ねると、なかなか柔軟な思考が持てなくなってしまう、という話を
聞いたことがあります。
そうなんです...(TT)
自身も、「あ、最近私、頭が固いな...」って、思っちゃうこと
多々あります(^^;)
子供の頃のような、純真無垢な素直な心...と、まではいかなくとも
新しい発見や、今までと違った視点などに関しては
とりあえず、受け入れてみる...くらいの柔軟性は持ち合わせていたいなと、
日頃から心がけているのですが。

実際のところは、どうなんでしょう???

ついつい
相手のことを先入観で見てしまう...
物事を、過去の経験という尺度で判断する癖がある...
この辺は、要注意事項☆
大人になると、知識だけは増えていきます。
そう、たいした経験もろくにしたわけでもないのに、
頭の中の、思考回路がある一定の道順を覚えただけで、
それが一番!みたいに感じてしまう。
いわば「麻痺」した状態...
こんな状態で、物事を判断していては、
柔軟な思考などというものとは、完全に無縁になってしまいます。
小さな「自分」という世界の中の王様になったところで、
一体何の得になるでしょう。
まるで、鎖国時代の日本のように、世界中の人はちょんまげを結っていると信じて疑わない。
自分の頭の中が、そんなことになってしまったとしたら...
真実を知ったときにどれほどの、ショックを受けることになることか!?
(^^;)
この、物質主義の世の中で、
モノを得ること、欲を満たすことが幸福です☆
と、教えられて来た私達...
そこへ、違う価値観を唱えるものが出て来たら、
それはそれは、驚くことでしょう。
ですが、本当にそれが幸福ですか?
と、問われたら...
そんな一時的なもののために、人は生まれて来たのでしょうか?!

一見、柔らかそうな思考の持ち主(?)と、(勝手に私が思っていた^^;)知人。
この問いに対して、最終的に自己のエゴを優先させてしまいました。
モノを得ること、お金持ちになること、人からうらやましがられるほどの富を得ることが
幸福だ!と、言い切ったのです...

ですが、
その方は、その方のおっしゃる「幸福」を未だ、得てはいません。
そして、いつも心は餓えた獣のように、何かを渇望しています。

この知識を得れば、富を得られるかも...
こんなことをやったら、自己を満足させられるほどのモノを得られるかも...

その瞳は、ギラギラと...溢れんばかりの物質や情報を物色することに夢中です。

そこで、私自身も気がつきました。
モノを得る為に、こっちだと思っていたけど、あっちの方が良さそうだからこれは捨てるわ☆
という行為は、端から見ていると、まるで頓着無くあっさりとして、
柔軟に物事を捉えられる、頭の柔らかい、思考の柔らかい人☆
と、一瞬見えなくもない...のですが。

それは、その人が何を求めているのか、ということが大事な判断の基準になる
ということを、私はすっかり見落としてしまっていたのです。

知人の行為は、決して「柔軟な思考」なのではなく、
自分のエゴを満足させたいが為の、貪りの行為に他ならず、
あれも食べたい、これも食べたいと、目の色を変えて食べ物を追いかけている状態と
何ら変わらない。

柔軟な思考とは、
人を高い世界へと導き、新たな視点で物事を捉え
そして、自らも向上させることを目的としたものの味方、判断の仕方、
確実に
以前の自分よりも、
1ステップ、2ステップもアップしている自分になっていることが
振り返った時に自覚出来るほどでなければ、
柔軟な思考によって得たものとは、言えないのでは無いかと思うのです。

平面で見ると、ただの四角にしか見えなかったものが
実際は
大きな立方体の底辺であったりするように、
ものごとを柔らかい視点で、あちこちから眺めてみて観察することも
時には重要なことだな...と、感じたのでした。

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガでは異性をどう見るか☆

テレビで、芸人などがコンパや飲み会でいろいろな異性を口説いているなど
よく耳にします。
これらをみて感じることは、
これらの男性は、異性を単に自分の欲望の対象としてしかみていないな、
単なる、色恋の対象としてしか異性を認識していないという、軽薄さが
感じられます。
ヨーガや仏教では、異性をどう捉えているのでしょうか?
男性は女性にないパートを有しています。
力強さですとか、行動力ですとか、
他にもいろいろとあるはずです。
または、逆に女性の方は男性が持ち合わせていない、
心配りですとか、優しさ、きめ細やかさなどを有しています。
男女関係は、夫婦や恋人、または友人であっても、
そのお互いの持ち合わせていないパートを埋め合わせる、または、
尊敬しあえる大切なものなのです。
決して、色恋沙汰だけの対象ではない、というのがヨーガ的な見解です。
そのような見解から、男女関係は、
お互いが尊敬し合える仲、成長し合える仲がが最高で、
単に、お互いを色恋の対象だけと見るならば
それは、動物と同じステージになってしまうのです。
さ、皆さんもご主人や奥さん、恋人や友人、または、
様々な環境で出会う異性に対して、
このような崇高な見地で接してみませんか?
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by atelier-kuh | 2010-04-14 11:42

経過観察

観察日記、つけたことありますか?
何を観察されましたか?
小学生の頃、誰でも一度は、経験ありますよね?
植物の観察、めだかの観察、昆虫や動物の観察...
時には、色付きの絵日記風にしてみたり等、自身の観察経験は、
とても楽しく明るい印象で、記憶に残っています(^^)

そして、現在も...
観察日記をつけたり、記録に残すとまではいきませんが、
日常における「観察」は、相変わらず大好きで☆
意識せずに、それを行っているのが癖(?)になっているようです(笑)

よく周りの人に、
「そんなことまで@@!よく覚えているね!」とか、
「そんな細かいことまで記憶してるの?!」なんて、驚かれることもしばしば...^^
(忘れていることも多いんですけどね...^^;)

特に、事象観察において

こんなことがあった→結局、こういう結果になった!

という、原因と結果を結びつけることは、割と明らかにしやすいので
自分自身にも、大変役に立っていると思います。

例えば
おしゃべり好きな知人が尋ねてきた時の話。
たわいのない楽しいおしゃべりの後、
その人は、ある知人Aさんが、もうひとりの知人Bさんの悪口を言うので、困っているの(TT)
と、ため息まじりに話し始めました。
間に入って、辛い想いをしているのでしょう...
ご自分はAさんも、Bさんも好きなのに...
この方は、本人に言えないようなことは、第三者にも言わない主義で、
悪口も一切、言わなければ、聞かないようにもしているという、大変に誠実でまじめな方。
なのに、今回はどうもAさんの気持ちに収まりがつかないようで、なぜか聞くはめに...
それが、とっても辛いのだそうです(><)
気持ち、わかりますよね...
でも、悪口を言っているAさんの方は、
その時はうっぷんを思う存分、晴らせているのですから
多分、気持ちがいいはずです。
ですが、後味はいかがなのでしょう?

悪口の対象が、もし耳にしたら気持ちが良いものでは、無いはずです(きっと、怒りますよね^^;)
そして、それを関係のない人が、聞かされる立場に立ったとしたら...
心が、うきうきする楽しい話と聞ける人は、いないはずです。

今の世の中、小学生でも友人同士で、別な友人の悪口を言い合うような、
そんな世の中なのだそうです。
悪口の輪(?!)に、入らなければ、自分が今度は悪口の対象にされてしまう!
そんな、理不尽なことが当たり前の心理として、
子供の心にまでも、植え付けられてしまっているような、
そんなご時世...

こんなことが当たり前に繰り返されていること、
とても哀しく思います。
人間関係って、そんなつまらないことでもって、繋がりを深めていくものなのでしょうか?

友人Aさん、Bさんの間に挟まれて、悪口を聞かされてしまっていた知人は、
頑として、Aさんと共にBさんの悪口を言うことは決してなかったと言います。
結果、しばらくして...AさんはBさんとの関係が悪くなってしまい、お会いすることも無くなって
しまったと...
こうして、Aさんはご自分の友人を、二人同時に無くしてしまうことになってしまいました。

この話を伺って
私の中での、経過観察結果としては...
悪口は、何も生み出さない
エネルギーの使い間違いは、身を滅ぼす
欠点を見ることが出来るなら、長所も同じくらい探してみよう!
言葉に出す前に、心の背景を想像してみる。
悪口を聞かされる立場も考えよう!
...などなど
また、悪口をどうしても言いたくなる人の気持ちも、同時に考えてみました...
やはり、誰しも
自分のことを解ってもらいたい、理解して欲しい、自分の味方が欲しい...など、
寂しさのような、満たされない気持ちが常に、心のどこかにあるのでは無いかな?
と、感じました。
それは、もしかしたら、個人個人の問題だけではないのかもしれません。
今の時代背景、希薄な人間関係、その他諸々の多くの問題が、
個人の心に影響を及ぼしているのでは?と、感じられます。

そう考えると、悪口という行為そのものは「悪」であると言い切れますが、
その心の背景は、哀れむべきものなのかもしれません...

辛いとき、哀しいとき、
悪口という、対象を批判、攻撃する手段を持たずに、素直にその気持ちを吐露する事が出来れば、
もしくは、別な方法が見つけられれば...
少なくとも、
Aさんのような、結末は避けることが出来るのではないでしょうか?

それには、何が必要だったのか...

Aさんの、今後のお幸せを祈らずにはおれません。

今日のワンポイントヨガ
☆怒りはモノを壊す☆

ヨーガの哲学においては、心の働きが、
現象に現れると説きます。
例えば、
誰かと口論して、イライラしていたら、更にイライラする現象が起きたり...
怒りや嫌悪が強くなりますと、モノが壊れやすくなります。
怒りの背景は、破壊衝動ですから、
普段から怒りが強い人は、モノが壊れやすいという現象を経験します。
買ったばかりのモノなのに、すぐに壊れた...
よく、車をぶつける...
電化製品が停止したり、故障する...

ある人が、知り合いと車でドライブ中、退屈を紛らわせる為に
あろうことか、知人の悪口合戦になり...
あまりにもエスカレートして、さすがにお互いにまずいなという空気が流れた時、
車のシャフトがなんと、走行中に折れてしまったのです!?
幸い事故には至らなかったのですが、
都会からはるかに離れた田舎町でのことだったので、
修理工場を見つけるのも、本当に大変だったそうです。
また、このようなあり得ない現象に本当に恐怖を感じたこと、
修理代が馬鹿にならなかったこと、
今でも、脳裏に焼きついて離れないと言っていました。
このように、
怒りや嫌悪は、他を害するだけではなく、
自己を一番、害するのです。
怒りや嫌悪を離れ、親愛の心を培うことが
智慧ある魂の実践なのです。
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by atelier-kuh | 2010-04-13 10:34

夫婦の関係

知人がGWにご結婚されます☆
おめでとうございます!!
新しい人生のスタートライン♪晴れがましい人生の角出♪
などなど、結婚にはとても良いイメージと、おめでたいムードがつきものです(^^)
結婚式は綺麗に着飾った人たちが、皆、
にこやかに集い、その場は温かくしあわせな空間となりますよね!

幸せの絶頂なんて表現もあります☆
絶頂?!...ってことは、その後はどうなっちゃうの???
ま、そんなことはさておき(^^;)

...世の多くのカップル達は、お互いに愛情を確かめ合って
結婚という節目を迎えます☆

結婚を「ゴールイン」と、表現するのを聞いたことがありますよね?
はてさて、ゴールイン?なのでしょうか?
恋愛をしていた時点を規準に考えれば、ゴールイン!は、おかしくは無いですが、
お二人の関係は、結婚という儀式を境に、様々変化をするのが一般的。(しない人もいますね)

あかの他人同士が、
「はい!今日から家族です!」
って、ことになるのですから、なかなか面白いものです☆

恋人から夫婦になるのですから、社会的立場も変わってきます。
女性はほとんどが、名前までも変わってしまうのですから、大変ですよね!
...すごくエネルギーを使いそう(^^;)
ですけど、そんなこと意に介さないくらい、幸せの絶頂期というのは
何を為してもきっと、楽しいものなのでしょう!!
(私もかつて、そういう経験をしたのかな?もう忘れてしまいました 笑)

勢いとか、流れとか
若い頃というのは、そういう周りからでは到底、理解出来かねるような
個における、弾けんばかりのエネルギーに溢れているように思います。
あとは、
タイミング?!というのでしょうか?
磁石が引っ張り合うような、抗いようのない?!強力な引力のような...?!

なにはともあれ、くっついたお二人は
長い年月をかけて、無二の「オリジナル夫婦関係」を、築いて行かれるのが理想ですが
長年連れ添って、毎日毎日同じ顔を眺めていると...
やっぱり
お互いの長所ばかりでは無く、厄介な「欠点」というものとも
うまくつきあっていかなければならなくなるのが、常。

どっちが出るでも無く、どっちが引っ込むでも無く...
時と場合によって、器用に役割を分担しながら、互いに協力し合うというのは、
個人として、ある程度それぞれが、
確立した人格を持っていなければ、難しい部分もあると思います(^^;)
(自己の経験を大いに踏まえて感じます 笑)

それは、経験をつみ重ねながら、互いに成長し合うことが前提でなければ
常時、良好な夫婦関係というのは不可能?!と言っても、言い過ぎでは無いと思います。

まだ、お互いが若くて、愛情も深く、何をやっても許し合える結婚の初期段階は
別として...^^;
10年、20年、30年...と連れ添って生活をともにするとき
一体、何をもって夫婦の関係と考えるのでしょうか?

互いが互いを尊重し合える、そしてお互いに尊敬し合える
情を超えた、人間愛とも言えるような
広い心

そういうものを持ち合えるような、夫婦関係こそが
私の中では、理想と考えます。

それは、もしかしたら...
夫婦という枠組みにとらわれない、男女関係でも
良い☆
という、ことなのかもしれないですね?!

今日のワンポイントヨガ
☆プライドと卑屈☆

私達は、
「プライドを持て!」
「プライドはないのか?!」などの言葉を聞いて
成長してきました。
人間の世界では、プライドを持つことが大切な人生観になっている傾向がありますが、
ヨーガの世界ではこの、プライドをどのように解釈しているのでしょうか?!

プライドを持つことによって、プライドを満足出来ない時、人は
苦しみを感じ、卑屈になります。
例えば、プロの野球選手がいたとしましょう。
結果を出してる時は、外出もとても楽しいと言います。
どこへ行っても、尊敬の目と歓声が聞こえます。
逆にスランプのときなどは、
スタンドのファンからも罵声を浴びせられ
外出時もファンから嫌がらせをされたりなどもするそうです。
これを理解するならば、私達のプライドが増大すればするほど、
その裏の卑屈も増大することになるのです。
このような観点から、ヨーガでは、
プライドは自己を苦しめるもの「煩悩」の一つとして
捉えているのです。
では、どうしたらプライドを超え、卑屈を乗り越えられるのでしょうか?
それはもし、
自分が優位になったり、才能を発揮しても
この力は周りの人たちから与えられたものである、
周りの人たちの支えによって、自分があると心底考えることが出来るなら、
そこで自ずと、プライドでは無く、謙虚になることが出来るのです。
そのような心があれば、スランプになっても
卑屈にならず、もくもくとやるべきことに努力出来るのです。
逆に、私達が、自己の能力を過信し、プライドを増大させるなら、
必ず、卑屈の苦しみから逃れることは出来ません。
智慧ある魂は、全ての良き果報は周りから与えられたものと
考えるが故に、プライドからも卑屈さからも
離れているのです。
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by atelier-kuh | 2010-04-12 09:32

自分という枠組み

自分のことが一番わかりにくい...(TT)
そう思っている方、どのくらいいらっしゃるでしょう?
いや!自分のことは自分が一番よくわかる。
↑こっちの意見の方が多いでしょうか?

何十年と言う歳月の中で、いつも自分と向き合い、
自分自身を見つめていたとしても、
本当に自分というものを、本質的に理解している方というのは、
実際、少ないのでは?と、思います。
なぜなら人は、他人のことはよく見えていても、
自分のことは客観的に観察する機会が少ないからです。
自分のことは、わかっているようで、なかなかわかっていない。
そんな気がします☆

ある程度の年齢に達すると、
それまでに培ってきた思考パターンや、行動パターンが染み付いていて
おおよそ、こういうことがあると、こうなるだろうな...という、
予測はつけられます。
ですが、いつでも必ず、予測通りにいくものでしょうか?!
何かの方程式のように...(@@)!?
いえいえ(^^)
経験するのは、人間ですもの☆
生きている、生身の人が、常に変化を伴う環境の中での、結果です!
これが毎回毎回、同じことの繰り返しってことがあるでしょうか?

それは、思い込みではないですか?

例えば、
自分自身で、勝手に作り上げた「自分」という枠組みの中で、
自分がsetした、錯覚に過ぎなくはないですか?!

ふと、
そんなことを考える瞬間がありました。
と、いうのも...
思考パターンのドツボ(!?)に、はまって苦しんでいるのに
そのことに気がつかないで、自由になりたい!自由になりたい!と、もがいている...
そんな人を目の当たりにしたからです。
どうしたらいいの?!と、涙ながらに訴えているのにその理由を伝えたところで、
ご自身が自分の思考パターンを手放さない限り、本当に自由にはなれない
...という、ジレンマ(><)

なんという、悪循環のリング。

自分という枠組みは、自分で一生懸命つくった
自己を守る為の、大切なガードの役割を果たしているのかもしれません。
ですが、
それが、苦しくなったとき、窮屈を感じたとき、
そっと手放してみる気持ち...

気がついてくれると良いのにな...

がんじがらめの太い鎖に絡まりながら、心は悲痛な叫びをあげている

どうか、自分に自由を与えてあげられるのは、自分でしかないということに
気がついてくれますように...

今日のワンポイントヨガ
☆ヨーガと仏教☆

最古のヨーガ経典を翻訳した、故 佐保田鶴治氏(京都大学博士号 大阪大学名誉教授)
は、お釈迦様を最高のヨーガ行者と称えました。
また、お釈迦様の前世談でも、私は前世において、
ヒマラヤで梵行を(ぼんぎょう)なしたと、伝えられています。
梵行とは、
ヨーガで言う、禁欲の修行です。
また、原始仏典では、お釈迦様の弟子達が、ヨーガの神の祝福によって
解脱した等と記述がなされ、実は、ヨーガと仏教は同じものである、
ということに智慧ある魂は気がつき、理解するのです。
ヨーガの目的も解脱、仏教の目的も同じ解脱であることからも
それは、理解することが出来ます。
お釈迦様も、解脱するまでは、現代のインドのサドゥ–(裸で苦行するヨガ行者)でしたが、
解脱し、多くの人を済度するために
たくさんのサドゥーや、未知を求める人がお釈迦様を中心に集まり、
僧団を形成しました。
もちろん、チベット密教も、ヨーガと瞑想をミックスさせたもので、
大きい意味においては、
ヨーガ、仏教、密教を合わせてヨーガと解釈することも出来るのです。
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by atelier-kuh | 2010-04-11 18:10
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atelier空kuhオーナーの気ままな独り言日記


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